甘えたDomの背中には(9)

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(8)

「桃治くん、どうしたの?」

 店にやってきた時点ですでに飲んでいた鈴女だが、叔父の顔を見て開口一番、はっきりと言った。酔いは一気に覚めた様子で、名前の発音も舌足らずでない。

「んあ?」

 なんでもねぇけど、と言いかけた桃治を遮って、鈴女狙いの若い黒服がサッと彼女におしぼりを手渡す。

 鈴女はテーブル席に通されており、バンバンと机を叩き、桃治に一緒に着席するように言う。

 ちらと窺う上司は、顎でしゃくった。別にかまわない、ということらしい。SMショーや客のプレイ相手を務めるキャストと一緒に飲むのも、この店の特徴のひとつだ。

 諦めて彼女の隣に腰を下ろす。

「めちゃくちゃ顔色悪いよ。ご飯食べてる? 寝てる?」

「食べてる寝てる」

 適当に返事をしつつ、ポケットからタバコを取り出しかけてやめた。一応は勤務中、酒は客に勧められれば飲むが、タバコはNGである。鈴女はきっと、体調不良が顔に表れている叔父に、酒を奢ってはくれないだろう。

「じゃあ、ダイナミクスの方面?」

 食欲と睡眠欲は十分だと聞いて、三大欲求の性欲と深く関わるダイナミクスについて、彼女は尋ねてきた。鋭いのは女だからか、はたまた姉の子どもだからか。

 桃治は「そういうのは思ってても聞かないもんだ」と、注意をする。うちの店だからまだいいが、会社の同僚にはやってくれるなよ、と。

「言わないよ。……でも、真堂くんとよろしくやってるんじゃないの? そろそろ復帰できそうって聞いたんだけど」

「ああ。あいつは大丈夫だよ、うん」

 相変わらず俺には触れようともしないけれど、彼は命令に従う桃治を見ているだけで、心身の健康を取り戻しつつある。

 たとえ真央に囚われたままであっても、プレイを行う相手がいれば、急な不安感や体調不良に陥ることはない。

 遠い目をした桃治を、いよいよ鈴女は心配する。

「ねぇ、本当、変だよ。病院、行った方がいいって」

「うーん……夢見が悪い、だけなんだよ」

 どんな夢? としつこく尋ねられれば、桃治は口を割ってしまう。姪には弱い。

「同じ悪夢を見るんだ。離れろ消えろって、化け物みたいな声。それで最後に『死ね』って男の声がして、目が覚める」

 毎日だったら寝不足でとっくに倒れている。

 考えないようにしていたが、夢を見るのは必ず、至と何かがあった日だ。

 家に泊まりに来た夜はもちろん、電話で少し話をしたり、外で会う約束をしたり。最近は頻繁に泊まりの催促が来るから、連日連夜になってしまっているだけだ。

「呪われてんのかねぇ」

 冗談っぽく言う桃治に対して、鈴女は真剣な顔である。

「ま、なんとかなるって。ただ疲れてんだよ」

 頭を撫でようと手を伸ばせば、子ども扱いしないで、と振り払われる。

 鈴女は鞄の中から手帳を取り出し、さらさらと何事か書きつけて、一枚破り取った。手渡してくる彼女のメモには、「高月心理相談所」の文字。

「だから俺は医者には」

「医者じゃないよ。カウンセラーの先生」

 似たようなもんじゃねえか、と文句を言おうとした桃治を制し、鈴女は声を低める。

「表に看板は出してないけど、心霊現象とか、そういうのも扱ってる先生なの」

「は」

 ぽかんと開いた口。賢い大学に通い、手堅い仕事をしている姪がなぜ、眉唾モノとしか思えない怪しい事務所を紹介する?

「鈴女、お前」

「いろいろツテがあるのよ。うち、オカルト方面も扱ってるしね。多少の知識はつくってものよ。もし本当に呪いの類いだったらそっちの世話になればいいし、勘違いなら話すだけでもラクになるでしょう。ねえ、桃治くん、心配なの」

 じっと見つめてくる、大きな目。役者を辞めて、一時期荒れていたときも、鈴女はこんな顔で桃治を見ていた。

 ああ、と唸り声を上げた。いつだって逆らえない。ガシガシと頭を掻く。

「わかったよ」

「よし。そんなら今すぐこの場で予約するからね!」

「お前がすんのかよ」

 さすがに、ごまかされてはくれないか。

 鈴女は桃治のスケジュールとカウンセラーの予約状況を照らし合わせ、三日後の予約を取った。もう諦めきった桃治は、結局タバコを口に銜えた。

 もう、どうにでもなれ。

「いい? バックれたら駄目だからね!」

「へいへい」

「一緒に行くからね!」

 そこまでしなくとも。

 俺ってそんなに信用ないのか?

 しょぼんと肩を落とせば、「信用してなきゃ、出世頭の同期を任せたりしないでしょ」などと言うものだから、桃治はまた少しだけ至のことを思い出して、切なくなった。

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