次に歌うなら君へのラブソングを(6)

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5話

「えー? 歓迎会開いてもらってないのー? ダメじゃないか、蓬田先生。新人を受け入れる、その姿勢が大事なんだから」

 折しも、今日は土曜日。明日はテスト対策の特別授業も入っておらず、普通に休みであることを告げると、湧田は意気揚々と、「それじゃあ、オールでいけるな!」と言い放った。

 司よりも十以上年上のアラフォーの割に、バイタリティは若者以上である。彼を尊敬している自分としては付き合うのもやぶさかではないが、花房はどうだろう。

 司の視線を感じていないわけではないだろうが、花房は無表情だった。そして、「奢ってくれるなら行きます」と、不躾に言った。

 湧田はケチじゃない。飲みに行ったときは何も言わずとも、全部支払ってくれる太っ腹な上司だが、部下の方からそれを言うのはいかがなものか。

 慌てて弁解しようとした司を制して、湧田は真っ白な歯を見せて笑った。

 そして居酒屋でできあがってからの二次会は、カラオケだった。酒はそれほど強くないが、居酒屋はしごの方がマシだ。学生時代から、この薄暗い狭い個室には苦手意識がある。まして今日は、花房が一緒だ。

 もしかして湧田は、花房が就職前に何をしていたか、知らないのか?

「あー、あー。それじゃあ、花房先生、歌ってみようかー?」

 エコーを確認して、いざ歌い始めるのかと思いきや、湧田は花房にマイクを勧めた。案の定、花房は「ちょっと……」と言葉は濁しつつ、全身で拒絶している。嫌がる部下に歌を強要するのはパワハラに該当する。特に、音楽の道に挫折した花房にとっては、マイクはトラウマになっている可能性もあるというのに。

 ああもう!

 司は自棄になって、湧田からマイクをひったくった。

「およ? 蓬田先生。いつもは歌ってって言っても抵抗するのに。珍しいね」

 酔っ払いの絡み酒の標的が、花房からずれる。目で「今のうちに」と合図をすると、彼は心得たように、出入り口の傍に移動して、いつでも脱出できる体勢を調えた。

 司は使い慣れないデンモクで、かろうじて歌える曲を探す。二、三曲付き合えば、湧田はそのまま眠ってしまうので、時間稼ぎである。

「早く早く。どうせいつものでしょ?」

「それはそうなんですけどね」

 花房がぴくりと反応した。もともと音楽を志していた彼は、「いつもの」と聞いて十八番の曲を想像したのだろう。ずりずりと近づいてきて、「いつものって、蓬田先生、何歌うんですか」と尋ねてきた。

 お前に聞かせられるような歌じゃないよ、と苦笑いしつつ、選んだ曲のイントロが流れ始める。画面に映し出されたタイトルを見て、花房の目が丸くなった。

「森の……くまさん?」

 童謡しか歌えない自分が情けない。やけくそで湧田にマイクを渡し、後追いのフレーズを任せる。ふたりとも歌は下手だが、ここはノリで切り抜ける局面だ。肩を組んで、「あるーひ」「あるーひ」とやり始めた自分たちを、花房が「ここは幼稚園か」と言いたげに見ている。

 最後まで歌い終わり、湧田とハイタッチを決める。

「いやぁ、相変わらずだなあ蓬田先生」

「だから言ってるじゃないですか。俺は音楽を聴く趣味がまるでないんだって」

 流行りの歌はおろか、中高時代の青春のJポップ、というのもない。かろうじて、昔見ていたアニメの曲はわかるけれど、そもそも音痴なのだ。結果、カラオケで歌うことができるのは童謡に限られる。

「次はかえるの歌入れますよ」

「いいよー」

 輪唱で湧田を巻き込み、何曲か繰り返したところでようやく彼は、ソファにもたれかかって寝息を立て始めた。無意味な勝利感に浸り、肩で息をした司に、これまで気配を消していた花房が、「あの」と、声をかけてくる。

「うん?」

 光量を落とした薄暗いカラオケボックスの照明の下でもはっきりとわかるくらい、花房の顔は色を失っていた。視線はあちこちをさまよい泳いでいる。

 司も、湧田と同等程度には酔っ払っていた。そのせいで、普段なら絶対にしない行動に出る。

「花房ァ」

 呼び捨てにして、彼の頬を両手でぐっと掴み、固定する。

「言いたいことはちゃんと言えよ。大人の社会は報・連・相! いっつも辛気臭い顔しやがって」

 たぶん、湧田が今日自分たちを誘ったのは、ギスギスした空気を察してのことだろう。実際、ふたりきりにするように、彼はいつもよりしたたか酔って、寝てしまった。だからここは、自分が言いたいことを言っていい。

「なんか不満があんなら、愚痴ったっていいんだからな。それを聞くのも、上司の仕事ってやつよ」

 花房はしどろもどろだったが、やがて覚悟を決めて、まっすぐにこちらを見つめた。

 チカチカと、彼の瞳が光る。真っ黒な瞳はブラックホールのように、司を引きずり込もうとする。思わず彼の頬を掴む指に力が入りかけて、ハッとして離した。もう、花房は目を逸らしたりしなかった。

「音楽に興味ないって、本当ですか?」

「お、おう。昔も今もな」

「本当に? ゆずもコブクロも知らない?」

「名前だけだなあ」

 もちろん、曲を聞けば「どっかで聞いたなぁ」とは思うのだが、ただそれだけだ。だから、司はカラオケが嫌いだ。特に学生の時分は、下手くそな歌をタンバリンで盛り上げるのは苦行でしかなかった。

 具体的に歌手の名前が出てきたので、歌ってもらえるのかとちょっと期待した。湧田のように相手をとっ捕まえて「歌えよー」とマイクを押しつけることはできないので、さりげなく、デンモクを花房の方に寄せた。

 しかし、彼は背を丸めて何事かを思案し始めた。前髪の隙間から見える表情は真剣そのもので、おいそれと茶々を入れる気にはならなかった。

 邪魔にならないように沈黙していたら、いつの間にか司も寝落ちしていた。先に目を覚ました湧田に揺り起こされてぼんやりしていた意識がはっきりしてから、花房を見た。

 彼は一睡もしていないようだった。

7話

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