<<はじめから読む!
<101話
十一月。季節は秋も秋、晩秋という奴だ。日が落ちるスピードは、合宿で歩いた夏の夜とは段違いだ。
六時になる前に、薄暗くなった。電車に乗って、帰路につく。遊び疲れた呉井さんは無言で座っていて、時折うつらうつらと頭を揺らす。授業中に居眠りなんて、彼女は絶対にしない人だから、こんな姿を見るのは初めてだった。
俺は彼女が夢とうつつを行き来するのを邪魔することはしない。黙って、彼女のつむじあたりを見つめている。スマートフォンを取り出してゲームに興じることもせず、俺はただ、呉井さんの無防備な姿を見守る。
俺と別れてから、彼女は道行くトラックのうち一台を選び出して、その前に飛び込むのだろう。一度家に帰ってしまえば、あのお母さんと顔を合わせてしまえば、決心も鈍る。彼女のお母さんは、そういうオーラを持った人だ。
残された時間は、あとわずか。やれるだけのことはやった。でも結果、失敗しました、ではお話にならない。呉井さんの命はひとつしかない。俺にできるのはもう、みっともなくあがくことくらいしかできない。
「ん……」
体内時計が正確に働いているらしい呉井さんは、学校の最寄り駅に着く寸前に、うっすらと目を開けた。
「おはよう」
からかいを滲ませた俺の言葉に、呉井さんはほんのりと頬を染めた。
「わたくしったら……いつの間にか眠ってしまったのですね」
醜態をさらしたと照れている呉井さんに、「大丈夫。可愛かったよ」と言えば、膨れて軽く睨みつけるような視線を向けてくる。
誰に対しても、基本的には穏やかな笑みを崩さない呉井さん。でもそれは、仮面に過ぎない。人当たりがよくて、スムーズに人付き合いをこなすための仮面のメッキは、今日一日でだいぶはがれてしまった。
もっと君の本音が見たい。本当の顔を見せてほしい。作ったような笑顔じゃなくて、もっと全力の、涙を流すほど笑う、そんな顔を、どうか。
改札を出て、「今日は楽しかったです」とまとめにかかった呉井さんを押しとどめる。
「最後にもう一か所だけ、付き合ってほしい」
「……はい」
神妙な顔つきだった。たぶん、俺の緊張が伝線したのだろう。必要以上にゆっくりと俺たちは歩く。さりげなく車道側に出て、彼女が発作的に飛び出す事態を防ごうとしたが、杞憂に終わった。
呉井さんだって、俺にトラウマを植え付けたいわけじゃないのだ。
>103話
コメント