クレイジー・マッドは転生しない(13)

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クレイジー・マッドは転生しない

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12話

「乙女ゲームというものだそうですから、明日川くんがヒロインと交流して、どんな風に感じたのかも知りたかったのに」

 呉井さんは、このゲームのことを知らない。というか、俺は乙女ゲームというジャンルそのものについて、まず説明する羽目になった。話を聞いても、アプリをダウンロードする素振りすら見せず、自分で知識を得ようということはまったくない。

 オタク知識の著しい欠如。雑談交じりに、アニメ化もされた異世界転生モノの話を振ってみても、一切反応がなかった。一般人にもファンが多い海賊漫画も、一度も読んだことがないようだ。

 一般人が「異世界転生」「異世界転移」という言葉を、口にするだろうか。まして、本気で信じることなんて。

 俺は幸せそうにおやつを頬張る瑞樹先輩と、愛する円香お嬢様のために、わざわざどこからか持ってきた紅茶を淹れている仙川を見やる。二人ともオタクでないことは、今までの言動からわかっている。彼らの入れ知恵ということも、考えられない。

 誰かが彼女に教えた? 呉井さんはそれ以上の知識を得ることなく、これまで来てしまったのかもしれない。

 まぁ、どうでもいいか。

「本当にごめん。それに俺、あんまり前にいた世界のこと、覚えていなくて……呉井さんに面白がってもらえそうな話は、もうないんだ。それに、どうやって転移してきたかもわかんないし」

 これで最後にしてもらおう。瑞樹先輩もいい人だし、呉井さんも嫌いじゃない。仙川は……ちょっと苦手だけど。同好会で知り合った人たちに他意はないが、純粋な目で俺を見つめてくる呉井さんに、罪悪感が芽生えるというか。

 ぼろが出ないうちに、親しくかかわるのをやめた方がいい。そう結論づけた。

「そう、ですか」

「だから、俺がこの同好会にいる意味もなくなってくると思うんだけど……」

 呉井さんは、しゅん、と肩を落とした。完璧な美少女である彼女は、ともすれば感情表現が薄くも見えるのだが、決してそうではない。この被服室では、教室では見せない素顔を露にする。可愛い子が落ち込んでいることに、胸がチクチク痛む。だが、俺は女の子をうまく慰められる手練れではないし、ここから逃げようというのに、本末転倒になってしまうからぐっと我慢する。

 辞めてもいいともよくないとも、彼女は言わない。ただ、顔を上げたときには、思ったよりも明るい表情が灯っている。

 いや……これは明るいというよりも。

「でも別に、こうして被服室でお話をするだけが、この同好会の活動ではありませんわ」

 恵美、と彼女は控えていた仙川を呼んだ。それだけで彼は、彼女の言わんとしていることを了解したのか、軽い会釈で受け止めている。

「久しぶりだねえ。いいんじゃない?」

 瑞樹先輩も、穏やかな口ぶりだ。ただし、笑顔はどこか人を食った企み顔。呉井さんが浮かべているのと、同じ笑みだ。

 俺だけが蚊帳の外にいるのに、きっちり巻き込まれようとしている。

「ゴールデンウィークのご予定は?」

 そう微笑みを浮かべた呉井さんは、妙な迫力でもって、俺から拒絶の言葉を奪ったのだった。

14話

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