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<15話
七階には大きな書店が入っている。引っ越してきてから、俺も何度も世話になっている場所だ。前住んでいたところの本屋だと、マイナーなラノベや漫画は取り扱いなし、入荷していても数冊で、入手が困難だった。さすが全国に展開するチェーンは強く、新刊棚を漁れば、すぐに見つけられる。
二時間もの間、身を隠すことを考えると、本屋は暇を潰せてちょうどいいかもしれない。静かな場所だから、こちらが彼を見つけても騒ぎにくく、走って捕まえるのも難しい場所だ。本棚の背も高いから、好都合。俺だったら、ここに隠れる。
本命の場所だから、しらみつぶしに探す。
「あ、すいません」
きょろきょろ見回していたら、他の客にぶつかってしまった。軽い謝罪とともに彼女を見て、一瞬呆気にとられる。
女性の姿を見て、ぎょっとするのも失礼な話だとは思うが、俺の本質は田舎者なのだ。フィクションの世界では慣れ親しんでいても、この暑い日にゴシックロリータを着こなす女性は、今まで見たことがなかったのだ。しかも色は黒。医療用ではない眼帯まで装備している。
「いいえ、こちらこそ」
しかも背が俺よりも高い。一応身長については、厚底靴のせいだったのでほっとする。紫色(!)に塗られた唇をにっこりと形作り、彼女はレジに向かった。
「……」
俺は金縛りから解放されたように、ふぅ、と息を吐いた。き、緊張したぁ……。俺の知り合いにはいないタイプの人間だったから、凝視してしまったことを、怒られるかと思った。迫力があったけれど、彼女がどんな顔をしていたのか、記憶にはさっぱり残っていない。
気を取り直して捜索を再開した俺は、最も馴染みのあるコミック売り場へと足を踏み入れた。仙川が漫画を好むとは思えないし、ビニールでシュリンクがかかっていて立ち読みもできないが、まぁ一応な。
そういえば、買っている漫画の続きが今月出たはずだった。ついでに買っていってもいいかな。終わった後だと、そのまま流れでどこかに昼を食べに行ったり、遊びに行くかもしれない。買いに戻ってくる暇があるかどうか。俺は単行本を手に取った。
正直、仙川を真剣に探すことに何の意味もないことに気がついてしまった。瑞樹先輩の言ったとおり、無意味なことだ。ただ、呉井さんの夢を壊さないためだけに、俺はゲームに参加している。なので真剣さが彼女の半分くらいしかない。もうすぐ合流予定だが、やっぱり本屋の袋を持った状態で落ち合ったら……怒られるな。
いとこだけあって、呉井さんも瑞樹先輩と同じように穏やかな人だ。瑞樹先輩は、時折笑顔に凄みがある分、彼女の方がより、感情の波が緩やかかもしれない。
そんな人が怒りを露にするのを見てみたい……という気持ちも、なくはない。でも、こうして外で楽しく遊んでいるのだから、水を差すことはないだろう。
ゲームが終わった後で、ダッシュで買いにくればいい。平積みになっている。売り切れることはないだろう。俺は踵を返す。
「あ」
小さな声は、明らかに自分に向けられたものだった。声の主が、一瞬誰かわからなかった。だが、よく見ればそれは、いつも顔を合わせるクラスメイトだった。
「あれ? 柏木?」
しまった、という表情で、彼女は手で口を隠した。その拍子に、持っていた本が落ちる。拾ってやろうとすると、「だ、だめ!」と大きな声で遮られる。他の客の注目を浴びてしまい、ますます柏木は慌てる。
結局俺が拾うことになった。どうしてもオタクの性として、他人がどんな漫画を買うのか気になってしまう。
>17話
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