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<18話
結局仙川は影も形も見つからず、俺たち三人はビルの入り口に出てきた。遅れて瑞樹先輩もやってきて、初対面の柏木に自己紹介をしている。最初は人見知りを発揮していた柏木だが、柔和な瑞樹先輩の雰囲気に絆されて、彼女は笑みを浮かべ、彼と話している。
呉井さんは悔しそうな顔で、仙川に電話をしている。
「ええ、ええ。そうよ。うん、待ってるわ」
スマホの通話を切って、呉井さんは俺たちの方に向き直る。
「恵美はもうすぐ来ます。そうしたら、お昼を食べに参りましょうか」
「そうだね。僕、お腹空いちゃったあ」
たぷたぷの腹肉を左手で支え、右手で頭を掻く瑞樹先輩は、さっきまでパンケーキを食べていたんじゃないのか……?
「あ、俺その前に本屋行ってきていいかな? 欲しい漫画があったんだ。忘れないうちに買っときたい」
「僕も参考書を買いたいから、ついていくよ」
となると、女子二人が留守番か。
柏木は「じゃあこれで……」と帰ろうとしたが、呉井さんが止めた。
「せっかくお休みの日に会えたんですもの。お昼ご飯も一緒にいただきたいです」
どうしても行っちゃうの?
首をこてんと傾けて、うるうるきらきらした目で、彼女は柏木を見る。
「ウッ」
柏木、美少年だけじゃなく、美少女もいけるオタクらしい。心臓を押さえて悶えている。
「あら? 柏木さん? どうしました?」
呉井さんは狙っていない。天然が最強である。二人にしておいても大丈夫だろう。仲良くしてくれたらいいな。
瑞樹先輩と本屋に向かい、俺は単行本をすぐに買い終わる。参考書売り場にいる瑞樹先輩に声をかけると、まだ時間がかかるとのこと。先に戻ってていいよ、とのことだったので、俺はエントランスへと戻る。
その間、本当にわずかな時間だった。あの様子だと、何ら問題はなさそうだと判断していたのだが、別の問題が発生していた。
「いいじゃんいいじゃん。ほら、スマホで連絡ちゃちゃっとしてもらってさ。そしたら一緒に行けるっしょ?」
前の学校にいた奴の、三倍はチャラい格好をした男たちに、二人はナンパされていた。性質の悪いのは、三人で女二人を取り囲み、逃げ場を潰している点だった。
俺がピンクの髪に染めるきっかけになった奴だってチャラいし、ナンパもしまくってたらしいけど、こんな風に追いつめることはしてなかったと思うぞ。あいつの信条は、ナンパは恋愛だから一対一で! だったし。
身を寄せ合い庇い合う二人だったが、意外なことに柏木の方が呉井さんの陰に隠れ、怯えた表情を見せている。根が陰キャでオタクだから、仕方がない。俺もたぶん、毅然とした態度が取れない。
呉井さんは前を向いて、男たちを無表情に見ていた。ただでさえ整った清楚系美人の彼女は、そうしていると冷たさが際立つ。
「ほらほら。行こうよぉ」
「……これも、冒険者ギルドのテンプレとかいうものかしら」
やれやれ、と呉井さんは首を横に振る。いや、その例えは目の前の男たちには通じない……ほらあ、柏木さんが噴き出しそうになるのを必死で堪えてるじゃん。
「消えなさい。私たちは、あなたがたのような卑しい男たちと一緒のパーティーは組みません」
呉井さんはそう言い切った。本当にこれが、異世界の冒険者ギルドであれば、いさかいになってもギルドマスターが現れて、仲裁に入ってくれる。そこまで合わせてテンプレだ。
だが、ここは悲しいくらい現実。呉井さんに馬鹿にされたと思った男たちは激昂して、「てめぇ!」と怒鳴り声を上げる。仲裁は入らない。巻き込まれるのが怖くて、誰もが足早に通り過ぎる。ビルの中に入ってくる人の中には、もしかしたら警備員に通報しに行ってくれたかもしれないが、到着には時間がかかるだろう。
>20話
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