クレイジー・マッドは転生しない(22)

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クレイジー・マッドは転生しない

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21話

「……ふぅ。ひどい目に遭ったぜ」

「明日川、大丈夫?」

 柏木が俺を心配してくれる。教室では目が合うと、妙な反応をする彼女だが、今日一日で、自然に会話ができるようになった。

「それにしても、仙川先生が女の人だったなんてねえ……」

「ほんとにな……」

 昼を摂るために、ファミレスに移動中だ。お嬢様・お坊ちゃま育ちの呉井さんと瑞樹先輩のことだから、もっと高級店に行くのかと、庶民の俺たちはガクブルだったんだけど、杞憂だった。

「そりゃ、高級な店にも行くけれど、そんなのは親と一緒のときだけでいいんだ。ファミレスで友達同士でだべるのって、若いうちにしかできないでしょ?」

 瑞樹先輩も呉井さんも、ファミレスのみならず、ファストフード店にも行った経験があると言う。二次元お嬢様あるあるの、ハンバーガーを見て「ナイフとフォークはありませんの?」は、やらなかったそうだ。

「しかし、本当に呉井さんって変な人だよね」

 柏木は「変」と言いつつ、そこに嫌な感情は込められていなかった。

「冒険者ギルド云々って言いだしたときは、ほんと、生きた心地がしなかったわ」

 仙川の耳に届いたら怒られることは柏木も理解して、小声で言った。俺は明確に返事をすることは避けて、ははは、と乾いた笑いを上げるに留めた。俺が呉井さんの陰口を言ったとすれば、柏木の三倍は怒られるからな。

 前を歩く呉井さんの両隣は、相も変わらず二人の騎士に独占されている。そこに俺が入る場所はなくて、やっぱりここにいなくてもいいのだと思う。

「やっぱりこの訓練は、最低でも月に一回はやるべきですわね。恵美の変装に気づけないなんて、主人失格だわ」

 そう言って呉井さんは振り向いた。

「今度は柏木さんも、最初から参加してくださいね?」

「えっ」

 俺への口止め料代わりに、今日だけの参加のつもりだった柏木は、ぎょっとした。どうにかしてよアレ、という顔で俺を見上げてくる。まぁ俺も、かくれんぼをしたいかと言われれば、したくない。見つけられなかったら、俺だけ散々に馬鹿にされる未来しか見えない。

 なので俺は、オタク知識を使って回避を狙った。

「異世界転生って、そもそも人間に生まれ変わるとは決まってないんだよな」

 人気のある転生モノの多くはモブだろうが攻略対象だろうが貴族・王族だろうが魔族だろうがエルフだろうが、人間(もしくは亜人)が多い。でも全部が全部、人間とは限らない。

 オタク知識の欠如した呉井さんは、「そうなんですか?」と食いついてきた。

「犬に生まれ変わってワンワンしか言えないパターンもあるし、もっとすごいのだとスライムになったり、剣になったりさ。そういうのに転生したとしたら、このかくれんぼは意味ないんじゃないか、な?」

 隣の柏木も、うんうん頷いて援護射撃をする。

「それに、こんな田舎街じゃあ人が多いと言っても、たかが知れてるし! 転生先で前世の知人に会うとしても、砂の中からごまを探すみたいな? そんくらい難しいんじゃないかなあ」

 呉井さんは黙った。これでかくれんぼをしてもしょうがないと思ってくれたらいい。ついでに、自分を否定した俺を嫌悪して、解放してくれたら最高。

 だがしかし、彼女はぱっと花が咲いたように笑った。

「そう。そうですのね! さすが明日川くんです! それに柏木さんも、異世界に興味がおありですのね?」

「へ? や、あ、あたしは別に……」

 呉井さんは話を聞かない。こういうところは、やはりクレイジー・マッドらしい。

「だとすれば、今後はもっと人が多いところでやりましょう! 人以外の変装は……恵美、できる?」

 できない。できないって言え!

「お嬢様がお望みとあれば」

「いやそれは無理だから!」

 俺のツッコミは、仙川にぎょろりと睨まれてしゅるしゅる萎む。

「明日川くんは、前の世界のことを覚えていないとおっしゃいますが、異世界転生にさすが、詳しくいらっしゃる」

 これからも私に、異世界転生の知識をお与えくださいね。

 有無を言わさぬ呉井さんの笑顔に、俺は頷くしかなかった。

 隣の柏木は、「前の世界って何のこと。あとで教えなさいよ!」という目で俺を見上げてくる。

『スタ学』のファンである柏木に、同好会の中での俺の設定を教えるのは辛いけれど、たぶん話さない限り、柏木は俺を追求し続けるだろう。

 なんでこう、俺が親しくなった女の子って、強いんだろうな。

23話

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