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<21話
「……ふぅ。ひどい目に遭ったぜ」
「明日川、大丈夫?」
柏木が俺を心配してくれる。教室では目が合うと、妙な反応をする彼女だが、今日一日で、自然に会話ができるようになった。
「それにしても、仙川先生が女の人だったなんてねえ……」
「ほんとにな……」
昼を摂るために、ファミレスに移動中だ。お嬢様・お坊ちゃま育ちの呉井さんと瑞樹先輩のことだから、もっと高級店に行くのかと、庶民の俺たちはガクブルだったんだけど、杞憂だった。
「そりゃ、高級な店にも行くけれど、そんなのは親と一緒のときだけでいいんだ。ファミレスで友達同士でだべるのって、若いうちにしかできないでしょ?」
瑞樹先輩も呉井さんも、ファミレスのみならず、ファストフード店にも行った経験があると言う。二次元お嬢様あるあるの、ハンバーガーを見て「ナイフとフォークはありませんの?」は、やらなかったそうだ。
「しかし、本当に呉井さんって変な人だよね」
柏木は「変」と言いつつ、そこに嫌な感情は込められていなかった。
「冒険者ギルド云々って言いだしたときは、ほんと、生きた心地がしなかったわ」
仙川の耳に届いたら怒られることは柏木も理解して、小声で言った。俺は明確に返事をすることは避けて、ははは、と乾いた笑いを上げるに留めた。俺が呉井さんの陰口を言ったとすれば、柏木の三倍は怒られるからな。
前を歩く呉井さんの両隣は、相も変わらず二人の騎士に独占されている。そこに俺が入る場所はなくて、やっぱりここにいなくてもいいのだと思う。
「やっぱりこの訓練は、最低でも月に一回はやるべきですわね。恵美の変装に気づけないなんて、主人失格だわ」
そう言って呉井さんは振り向いた。
「今度は柏木さんも、最初から参加してくださいね?」
「えっ」
俺への口止め料代わりに、今日だけの参加のつもりだった柏木は、ぎょっとした。どうにかしてよアレ、という顔で俺を見上げてくる。まぁ俺も、かくれんぼをしたいかと言われれば、したくない。見つけられなかったら、俺だけ散々に馬鹿にされる未来しか見えない。
なので俺は、オタク知識を使って回避を狙った。
「異世界転生って、そもそも人間に生まれ変わるとは決まってないんだよな」
人気のある転生モノの多くはモブだろうが攻略対象だろうが貴族・王族だろうが魔族だろうがエルフだろうが、人間(もしくは亜人)が多い。でも全部が全部、人間とは限らない。
オタク知識の欠如した呉井さんは、「そうなんですか?」と食いついてきた。
「犬に生まれ変わってワンワンしか言えないパターンもあるし、もっとすごいのだとスライムになったり、剣になったりさ。そういうのに転生したとしたら、このかくれんぼは意味ないんじゃないか、な?」
隣の柏木も、うんうん頷いて援護射撃をする。
「それに、こんな田舎街じゃあ人が多いと言っても、たかが知れてるし! 転生先で前世の知人に会うとしても、砂の中からごまを探すみたいな? そんくらい難しいんじゃないかなあ」
呉井さんは黙った。これでかくれんぼをしてもしょうがないと思ってくれたらいい。ついでに、自分を否定した俺を嫌悪して、解放してくれたら最高。
だがしかし、彼女はぱっと花が咲いたように笑った。
「そう。そうですのね! さすが明日川くんです! それに柏木さんも、異世界に興味がおありですのね?」
「へ? や、あ、あたしは別に……」
呉井さんは話を聞かない。こういうところは、やはりクレイジー・マッドらしい。
「だとすれば、今後はもっと人が多いところでやりましょう! 人以外の変装は……恵美、できる?」
できない。できないって言え!
「お嬢様がお望みとあれば」
「いやそれは無理だから!」
俺のツッコミは、仙川にぎょろりと睨まれてしゅるしゅる萎む。
「明日川くんは、前の世界のことを覚えていないとおっしゃいますが、異世界転生にさすが、詳しくいらっしゃる」
これからも私に、異世界転生の知識をお与えくださいね。
有無を言わさぬ呉井さんの笑顔に、俺は頷くしかなかった。
隣の柏木は、「前の世界って何のこと。あとで教えなさいよ!」という目で俺を見上げてくる。
『スタ学』のファンである柏木に、同好会の中での俺の設定を教えるのは辛いけれど、たぶん話さない限り、柏木は俺を追求し続けるだろう。
なんでこう、俺が親しくなった女の子って、強いんだろうな。
>23話
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