クレイジー・マッドは転生しない(24)

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クレイジー・マッドは転生しない

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23話

「山に着いたら、お教えしますわ」

 その表情に、なんだか嫌な予感がした。いやいいです、一応聞いてみただけなんで……と慌てて言ってみたはいいものの、彼女の心はすでに、楽しい楽しい山登りに向かってしまったらしく、聞き入れちゃくれない。

 遠足だが、特にクラス単位での行動は義務づけられていない。登山ともなると、各人のペースが違いすぎるので、到着目標時間は決まっているが、軍隊の訓練のように集団行動はしない。

 誰と登ってもいいし、誰とも一緒に登らなくてもいい。俺は別に、呉井さんしか友達がいないわけじゃない。クラスメイトの紹介で、他のクラスにだって、そこそこ喋る奴がいる。そいつらと一緒に登ったっていいんだけれど、俺は呉井さんと一緒に登る。

 なんでかって、そりゃ。

「明日川匡!」

 ガラガラ、と勢い任せに扉が開いた。噂をすればなんとやら、ではないが、仙川がものすごい剣幕でこちらを呼びつけていた。クラスの女子たちが、きゃあ、と黄色い声を上げる。

 おかしいな。柏木が女子たちに、「仙川先生、女の人だったよ」と説明していたはずなのだが、彼……違った、彼女の人気は衰えることを知らない。どころか、ますます過熱している気がする。柏木の話を信じなかったのか、男装の麗人なのがいいのか。どっちだ。

「なんですか、仙川先生」

 用事はわかっているが、お義理で聞いてやる。

 仙川はくわっと充血した目をかっ開いた。女子たちのざわめきが、別の色を帯びる。興奮したものではなくて、ドン引きというやつだ。

 彼女は持っていたスポーツバッグを、ぐいと俺に突き出した。持って行けと? と、自分を指さすことで問うと、顎をしゃくって早く受け取れと促す。何が入っているのかわからない鞄を受け取った瞬間、がくんと膝から崩れ落ちそうになる。

「ちょ、わ、おっも!」

 何が入ってんだコレ。ゆっくり地面に下ろして、ファスナーを開ける。タオルに虫よけスプレー、予備の水のペットボトルに果ては替えのTシャツに靴まで。俺も最低限は持っているけれど、まさか救急箱がそのまま入っているとは思わないじゃないか。

 仙川はしゃがみこんだ俺を見下ろす。腕を組んでいるのが、威圧感を増している。

「いいか、明日川。貴様は私の代わりに、今日は円香様をお守りするのだ」

 本当は私がともに行きたいのだが……と歯噛みしている仙川は、非常勤のスクールカウンセラーだ。常勤の養護教師とは異なり、学校行事へ参加することはない。先日も同好会の集まりのときに、何度も言われたのだが、当日も休みのくせに、わざわざ登校したのか。

「もしもお嬢様に何かあったら……」

 バキバキと指の骨を鳴らす仙川に、ガクガクと俺は首を縦に振った。

 それから仙川は、呉井さんに山での注意事項を滔々と語った。いい子の呉井さんは、真面目にうんうん頷きながら聞いている。

「わかったわ、恵美。帰りにお土産を買って帰るわね」

 そこで担任がやってきたので、仙川は泣く泣く呉井さんに手を振った。振り替えしていた呉井さんは、「よろしくお願いいたしますね」と俺に微笑んでから、席に戻った。

 実際、俺は仙川に頼まれなくたって、呉井さんと行動を共にするつもりだった。

 彼女は相変わらず、クラスで浮いている。連休中に柏木と多少打ち解けたが、やり取りはスマートフォンのトークアプリを通じてばかりだった。今日も、いつものグループの女子と行動を共にするのだろう。

 山を一人で登るのは、素人には難易度が高いように思う。そこに山があるから登る、というような登山家なら、自然と一体になるための単独行動もアリだろうけれど、俺たちは普通の高校生だ。

 友達同士でわいわい励まし合いながら登るのが、遠足の楽しい思い出になる。一人で苦しい登山は大変だ。

 誰も一緒に登る相手がいないなら、目下一番親しいだろう俺が一緒に登るのが、当然だと思った。また付き合ってるのかって噂が広がりそうだったけれど、仙川のあの姿を見れば、大丈夫だろう。俺は彼女に脅されて、呉井さんと行動を共にしているだけなのだと、クラスの連中はそう思ったはずだ。

 朝のホームルームは、いつもより手短だった。これからすぐ、バスに乗って登山口に直行する。

 俺は、スポーツバッグを持って立ち上がった。いや、本当に重いなこれ……。呉井さんのためのグッズが詰め込まれているのは先程見たが、じゃあ、呉井さんが背負っているあの大きな登山用リュックの中には、いったい何が入っているんだろうか。

 なんだか嫌な予感しかしなかった。

25話

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