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<38話
不審な人物、なんて学校に頭の沸いた変質者がやってきたみたいじゃないか。職員室にまで尋ねに行こうとした呉井さんを、俺は全力で止めた。学校が臨時休校になり、警察沙汰になってしまう。クレイジー・マッドの名前に拍車がかかるじゃないか。
あと、コスプレ美少女に男子も女子も目が釘付けになってしまい、どうしても真剣さに欠けるのもある。呉井さんもついでに俺も、いたって真面目なのだが。尋ねられた相手は、まず呉井さんの姿にぎょっとした後に、背後の俺に憐みの視線を向ける。いつも突き合わされて、大変だな、と。
四月の時点だったら、「わかってくれるか!」と、その両手を取ってぶんぶんと上下に振っていただろう。いつもいつも呉井さんとその仲間たちに振り回されて……と泣きついていたかもしれない。
ただ、今はもう、俺も彼女の仲間たちに組み込まれてしまっている。仙川や瑞樹先輩のように、呉井さんを鉄壁ガードするには至らないが、彼女が悲しい顔をするのは俺も嫌だし、笑っていてほしいな、と思うのだ。
なので俺は、曖昧に微笑みを浮かべて、「これは俺が好きでやってることだから」という空気を醸し出す。相手に正しく伝わっているかは知らないが、苦笑には見えないはず。嫌々やっているのではないことがわかれば、それでいい。
その後、何人もに聞き込みを繰り返したが、結果は芳しくない。最初は楽しそうに捜査を続けていた呉井さんも、気疲れした様子で、のろのろと廊下を歩いて教室に戻ろうとする。
「呉井さん。たぶん、聞き込みを続けても無駄だと思う」
「奇遇ですわね。わたくしも、ちょうどそう考えていたところですの」
本当かなあ。一つのことに一直線な呉井さんのことだから、俺が何も言わなかったら、このまま何日間も廊下で聞き込みを続けていたような気がする。
「今日はもう帰ろう。家で明日以降の捜査をどうするか、お互いに考えてくるのがいいんじゃないかな」
呉井さんは、唇を尖らせた。わかりやすく不満そうだ。
「でも、早く手がかりをつかまないと、証拠隠滅の恐れが……」
「たぶん犯人、そこまで考えてないと思うよ」
中身を盗んだとなると話は別だが、いくら彼女の大切な物とはいえ、ペンケースをゴミ箱に遺棄した程度では、学校側に訴えても、おそらく停学にすらならない。常習性があってイジメだと判断されれば別だが、そこまで過熱させる気はないはずだ。
彼女を傷つけない言い方に四苦八苦していると、「わかりました。明日川くんがそれほど言うんですもの……今日は帰りましょう」と、呉井さんはコートを翻して、教室へと歩みを進めた。
>40話
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