クレイジー・マッドは転生しない(45)

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クレイジー・マッドは転生しない

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44話

「あたし、中学時代はオタクだったの」

 いや今もオタクだろ。

 咄嗟にそうツッコミかけた俺の足を踏みつけたのは、仙川だった。背の高い彼女は、見た目は細身の女性とはいえそこそこの重量級。全体重を乗せられて、声にならない悲鳴を上げ、俺は沈黙を保つことに成功した。

 そういえば仙川は、スクールカウンセラーなのだった。呉井家の使用人の方がどちらかといえば本業だろうが、この学校に採用されたということは、臨床心理士とかの資格を持っているはずだ。初めて、仙川がいてよかったと思った瞬間である。彼女は話を聞くプロでもあるのだ。

「そりゃ、今だってこんな風にぬいぐるみこっそり持ち歩いたりして、オタクなんだけどね。もっともっと、見るからにオタ喪女~って感じだった」

 モジョとは? と呉井さんが口を挟みそうな気配を察知したので、俺はこっそり彼女の耳に、「モテない女のこと」と吹き込んだ。そして仙川によってぐりぐりと甲を抉られる攻撃に、どうにか耐えた。

「そんなだから、なかなか友達できなくってさ。同じオタ仲間はいたけど……あたし、腐女子ではないからちょっとそこからも浮いてたんだよね」

「柏木さんは、立派な婦女子ですよ?」

 呉井さんの疑問は、非オタあるある。というか、昨今オタクじゃなくても腐女子っていう単語くらいは知っているんだけどね。たまにバラエティとかでアイドルがBL萌えを叫んだりしていることもあるし。

 柏木は一瞬、呉井さんがオタク女子が全員腐っていると言いたいのだと思い、口をへの字にひん曲げた。慌てて俺が、「呉井さんが言っている、女の人全般を指す婦女子じゃなくてね……後で教えるよ」とフォローする羽目になる。なんだ、という表情で柏木は、

「本当に呉井さんは、オタク知識がゼロな人なんだね」

 と感心したのか呆れたのか、どちらともとれるような口ぶりで言った。

「まぁいいや。それで、高校入学を機に、あたしは変わろうって思ったの。同じ学校の子がだーれもいないこの学校で」

 柏木の告白は、特に意外でもなんでもなかった。彼女は俺と同じだった。オタクである中身は変えられないけれど、外見は取り繕うことができる。まぁ、俺の場合は極端すぎて、呉井さんに目を付けられ、他のクラスメイトには遠巻きにされているんだけど。笑えない。

 漫画を買っていたお金でファッション雑誌を買い、カラオケではアニソンではなくて人気の女性シンガーの曲を歌えるように、家で必死に練習をする。最初は誰が誰だか区別がつかないアイドルだって、顔と名前を一致させ、ドラマを見ては「やばかったよね~」と感想を言い合う。

 訂正しよう。柏木と俺は、同じではなかった。

 俺は、髪を染めて外見をガラッと変えれば、オタク臭さは自然と抜けると思っていた。逆に言えば、俺がやったことは、髪を染めただけ。インパクトは計り知れないが、ただそれだけの話。

 対して柏木は、ずっと努力をしていた。初めてコンタクトを入れたときの緊張や、わざわざメモを取りながら恋愛ドラマを見て、イケメン俳優をチェックしたり、恋バナを振られてもいいように、設定を作り上げたり。

 男と女の違い、と一言で言ってしまえばそれだけの話かもしれない。男同士の付き合いよりも、女同士の方が煩わしいことが多いし、女の方が勘が鋭いから。俺なら途中で挫折して、「そんならオタクでいた方が楽だわ」と元の木阿弥になってしまいかねない。

 でも、柏木は立派にやり遂げた。中学時代には見ているだけだった、クラスの上位グループに、違和感なく溶け込んだ。

 彼女はやるならとことん突き詰めるタイプだった。オタク趣味だけではなく、擬態のためのテクニックすら、彼女はマニアックに追求した。ある意味真性のオタクだと言ってもいい。

46話

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