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<47話
「特に何も、思い当たることはないのですが」
はあぁ、と大きく溜息交じりに呉井さんは言った。その表情から、特に事件解決のヒントになるようなことが思い浮かばず、申し訳ないと思っていることが見てとれる。気にしないで、と俺は笑って、「残念」と茶化した。
「申し訳ありません……」
「別に……」
「呉井さんは悪くないよ!」
別に謝ることはないよ、と言おうとした俺に被せて、柏木が大声でフォローした。呉井さんの麗しい微笑みと「ありがとうございます」の言葉は、俺ではなくて柏木に向けられることになる。……なんか、ムカつくな。なんかドヤ顔でこっち見てるし。後から出てきておいて、なんだそれ。
柏木が男だったら、間違いなく足を踏みつけてじゃれ合い以上喧嘩未満の事態に発展しているところだった。よかったな、柏木。可愛い女の子で。
そんな胸の内などおくびにも出さない。
「呉井さん側に思い当たる節がないってことは、打つ手なしか……」
防犯カメラとか設置していてくれればいいのに。
思わずそう漏らすと、呉井さんがうんうん頷いて、「次のPTA総会で、父に議題として提案するように言っておきますわ」と、初耳なことを言い出した。
「へ? PTA?」
「ええ。わたくしの父は、PTA会長なのです」
高校生になると、PTAとかあんまり意識しないけれど、この学校にもあるのか。謎の組織、PTA。会長とか、卒業式に長い話をしに来る知らないおじさん(誰かのお父さんなんだけど)でしかなかったもんな。
「心ばかりですが、寄付もさせていただいておりますので、そのお金で防犯カメラの設置をお願いしておきます。プライバシーの問題等は、父と先生方とで話し合って、生徒会に下ろしてもらうのでいかがでしょうか?」
「あ~……うん」
寄付金とか、リアルでは某有名大学の付属高校くらいしか受け付けていないと思っていた。漫画だと、金持ちばかり通う学園が、寄付金を積んだ家の人間に牛耳られているのはよく見る話だが、こんな普通の高校生しかいない学校で。
「呉井さんちからの寄付金、ちゃんと正しく使われてんのかな?」
ふと浮かんだ疑問を口にする。呉井家がいくら学校に使ったのか知らないけど、前に通っていた学校よりも学食が美味いとか、廊下にもエアコンがついているとか、そういうことはない。普通の学校である。
「安心してください。きちんと監査はしておりますので」
使用報告をしましょうか、と微笑む呉井さん。あれ、俺たちは学校生活の改善をテーマに話をしていたんだっけか。
「ねえ、ものすごく脱線してんだけどさ……結局手帳の犯人、どうやって見つけんの?」
柏木による軌道修正を受けなければ、学校の経営状況について呉井さんに尋ねてしまうところだった。危ない危ない。子供が深入りするところじゃないぞ。
とりあえず、一つの場所に留まっていても、いいアイディアは出ないだろう。そう判断して、俺たちは廊下を歩く。音楽室の前を通るとき、柏木は沈んだ表情で後ろからついてきた。
「終わったことは、気にしすぎんなよ」
柏木の頭をぽんぽん、と叩く。普段の態度の大きさから勘違いしてしまうが、柏木は小柄な少女だった。決して下心があったわけじゃない。自然に手が出てしまった。年下のいとこみたいな感覚で。
「あ、ごめん」
柏木は真っ赤になっている。同級生に妹扱いされるのは、やはり恥ずかしいものなのだろう。俯いて、何事かをぶつぶつと呟いている。
「頭ぽんぽん……桃様……違う……」
そ、そんなに嫌だったか?
「もう。お二人ともじゃれてらっしゃらないで。きちんと考えてくださいね?」
「別にじゃれてなんか!」
呉井さんにたしなめられて、柏木は顔を上げ、思い切り反発した。いやそこまで否定することじゃなくね?
>49話
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