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<48話
「あの、呉井先輩!」
ぎゃあぎゃあ喋る俺と柏木を、「あらあらうふふ」とばかりに見守っている呉井さん、という構図が出来上がったところで、真正面から見知らぬ男子生徒がやってきた。一年生か。まだ中学生のようなあどけない表情で、呉井さんを見上げている。おそらく本人としては不本意なんだろう。頑張って背伸びをして、彼女と目線を合わせようとしているのが微笑ましい。
「ああ、あなたは……」
そこで呉井さんは黙った。忘れてるな、これ。
「もう! 森河です! 覚えててくださいよ!」
甘えた声を出す森河少年は、俺たち二人のことは眼中にない。麗しい呉井さんに夢中である。俺と柏木は顔を見合わせて、お互いに考えていることが同じだということを確認する。
森河は、呉井さんに惚れている。
黙っていれば清楚な美少女。少し会話をするなら、上品で優雅なお嬢様だ。だが、付き合いの時間が長くなるにつれ、彼女の頭のねじが何本か外れていることに気がつく。普通の男は、そこで呉井さんから離れていく。
俺くらい付き合いが深くなると、クレイジーだとかマッドだとか言われる部分も含めて、それが彼女だという風に受け止められるようになるが、森河はまだ、呉井さんの中身を知らずに好きになっている様子だ。
その森河が、初めて俺と柏木に視線を向けた。ちらちらと窺うような様子に、おそらく二人きりで話したいことがあるんだろうな、と推測する。
二人になんてしないけどな。仙川に「監督不行き届き」との罪状を突きつけられ、半殺しにされるのは俺だ。
何か言いたげな森河に、俺たちは気づかなかったフリをする。
「呉井さん、とりあえず部屋戻ろうよ」
「あ、ええ。そうですわね。それではまた、森河くん?」
ひらひらと手を振る呉井さんに、森河はぼーっと見惚れている。ハッとして頭を下げたときには、呉井さんはすでに彼のことを見ていなかった。
被服室に戻るまでの間、柏木が興味津々に、「あの森河って子、呉井さんと何か関係あるの?」と尋ねている。こういうのは女子に任せるに限る。
呉井さんは事もなげに言った。
「先日、告白されましたの」
あまりにもあっさりとしていたので、「へ~」と聞き流しそうになった。
「……告白!?」
あの少年、呉井さんに恋心を抱くだけではなく、すでに伝えていたのか。仙川のお嬢様センサーにも引っかからないなんて、どんな術を使ったんだ。俺にも教えてくれないかな、それ。
「ええ。まだお返事はしていないのですが……それどころではなくて」
呉井さんによれば、森河に告白された後、今回のペンケース事件と手帳事件が起きたものだという。
「あのさあ……」
呆れたように言ったのは柏木で、俺もその点は完全に同意だった。
「あんじゃん、変わったこと!」
俺たちの指摘に、呉井さんは首を傾げて、何のことだかまるでわからないという風だった。
>50話
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