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<4話
「もうすでに、今から向かうところに用意してくれているのです」
「へぇ……そうなんだ」
もしかしたら、シェフがいる可能性があるんじゃないか、これ。その場でラクレットチーズ(テレビでしか見たことない)を炙って溶かして、パンや肉の上にでろーん、と載せるんじゃないか。
何せ彼女が向かったのが、家庭科室だった。特別教室を私物化して、豪華フレンチを食べる呉井さんを想像した。味気ない黒いテーブルでも、三ツ星レストランのように見えそうだ。
そんな妄想をしていたが、呉井さんが手をかけたのは、家庭科室の隣の、もっと小さな部屋だった。
「ここは?」
「被服室です。今はもう、授業では使われていませんので、私たちが借りているのです」
鍵はかかっていなかった。失礼します、の一言もなかった。呉井さんは無造作に、自室のドアを開けるように扉を開いた。
中にいたのは、教師と生徒の二人だった。転校二日目だから、教師の顔は担任と校長くらいしか覚えていない。それにしても、彼は目立つだろう。座っていても、すらりとした長身であることがわかる。白衣を着ているということは、理系科目の担当だろうか。でもこの白衣、きれいなままだ。化学の先生の白衣とか、チョークの汚れが落ちなくなっているのが、普通なのに。
生徒の方は、すでにデザートタイムだとばかりに、コンビニデザートを貪っている。ぽっちゃりした肉体だが、不快さを覚えることがないのは、背筋がしゃんと伸びていて、おっとりと優雅に召し上がっていらっしゃるからだろう。顔立ちも、よくよく見れば整っている、はずだ。盛り上がった頬肉で、目は半分埋もれてしまっているけれど。
しかし、女子一人に男が二人。俺も入れれば三人。ここは呉井さんのハーレムなのだろうか。ハーレム要員になるには俺、ちょっとパンチが弱くないですかね。目の前の二人に比べると。頭はピンクだけど、こんな個性持った連中の間に放り込まれると、自信がなくなる。
「円香お嬢様。彼は……?」
教師だとばかり思っていた男は、呉井さんを「お嬢様」と呼んだ。あ、あれ? 教師? じゃないのか?
呉井さんは「何言ってるんですか」と突っ込むこともなく、ナチュラルに自分がお嬢様であることを受け入れ、俺のことを紹介する。
「彼は転校生の明日川匡くんよ」
同級生に対しても敬語を崩さない彼女が、男に対してだけ敬語をやめた。随分と親しい。彼女が彼を紹介してくれて、すべての疑問は解けた。
>6話
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