クレイジー・マッドは転生しない(56)

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クレイジー・マッドは転生しない

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55話

「ねぇ、この部活って、夏休みなんかやらないの?」

 きっかけはだいたい、新参者からもたらされるものだ。瑞樹先輩がめっきり手をつけなくなったおやつを楽しみながら、柏木が疑問を呈する。

 もうすぐ夏休み。来年は受験生だから、思いっきり遊ぶなら今年だ。田舎から出てきて、東京に少し近づいた。去年は遠すぎたし、子供過ぎたから親にも言い出せなかったが、今年こそは夏の祭典に行くつもりだ。

 夏の祭り。すなわちコミケ……!

 オタクならば、誰しも一度は参加してみたいと思うもんだろう。俺だってご多聞に漏れない。もしかしたら柏木も行くのかもしれない。聞くつもりはないし、本当に参戦するとしても、日にちが違うだろう。だから大丈夫。

 大丈夫、といえば、テスト。

 山本のおかげでどうにか赤点は免れ、何なら中間テストよりもいい点が取れてハッピーである。教えるの上手いなお前! と褒めると、めちゃくちゃ照れまくっていた。

 閑話休題。夏休みの予定はすでに決まっている。前半でバイトして、コミケに行く。以上。コミケ後は、戦利品をじっくり眺めるので忙しいだろう。

「部活といえば夏合宿っしょ。あとは海? BBQとかもいいじゃん」

 はっはー、と棒付きキャンディーを口に銜えて笑う。やっぱりリア充の中で揉まれてきた奴は、夏の過ごし方が違うな。外で遊ぶ予定ばっかりだ。

「いやいや。夏合宿なんてやる意味ないよ。大会とか上達とか関係ない、ただの駄弁りサークルだし」

 ねぇ、呉井さん……と水を向けて固まった。彼女の目は雄弁だ。「合宿」という未知のイベントに興味津々という様子で、柏木の話を聞いている。

「いや、そんな暇ないですよねえ、瑞樹先輩!」

 仙川には聞かない。だって、最愛のお嬢様のやりたいことを否定するわけないもん、あいつ。

 その点、瑞樹先輩は高校三年生。受験生だ。受験勉強に集中して取り組める夏休みは、夏期講習の予定が詰まっている。そうに違いない。無理だと頷いてくれ。

「え? なんで?」

 俺の願いはむなしく散った。

 そうだった。瑞樹先輩は、呉井さんのいとこ。血が繋がっているんだった。呉井さんができることは、彼もさらっとできるに違いない。

「確かに塾には行く予定だけど、苦手教科だけだし。それに、基本的には推薦で決めようと思ってるしね」

 テストの順位を聞いたことはないけれど、上位にいるんだろうなあ、この口ぶりだと。

 何か。何か合宿を潰すネタを考えなければ。

「俺たち部活じゃなくて同好会でしょ?」

 学校施設に泊まって部活を行うことができるのは、正式な部活動だけだ。同好会では、宿泊場所の確保が難しく、金も余計にかかる。そうだよ、合宿には余計な出費がかかるんだよ! 俺のバイト代が! コミケ費用が!

「そんなのどうとでもなるよ。うちの別荘使えばいいだけだし」

 ぶ、ブルジョワめ。

「お金も食費と雑費くらい。この人数なら車出せるし」

 運転手付きなんでしょうね。

「瑞樹先輩、超お坊ちゃんじゃん!」

 柏木が拍手をしたのちに、瑞樹先輩を拝み始めた。先輩もまんざらではない表情である。柏木たちが日程やらやりたいことを話し始めたのに、ストップをかける。

「ちょっと、部長がその辺は決めるだろ? なぁ、呉井さん」

 どうせ行く気満々なんだろうけど!

 呉井さんはしかし、青い顔をしていた。焦点がいまいち合わない目で、ぶつぶつと何事かを言っている。

57話

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