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<62話
「本当の桃様は、赤い目なんだけどねえ。さすがにカラコンは怖いからやめたわ」
柏木は言いながら、俺の顔に軽いメイクを施していった。目の中に異物を入れるなんて考えられない。そして終わった俺の前に鏡が出されたが、どこをどう見ても、桃様には程遠い外見だった。柏木はテンション上がってスマホを向けてくるけど。まぁ、楽しそうで何よりだよ。
ちなみに瑞樹先輩は、ほぼノーメイクだ。絶賛ダイエット進行中の先輩は、「素材だけでケる」らしい。確かに、肉で埋もれていて見えなかった目が、見えるようになった。誰も文句のつけようがない美少女・呉井さんのいとこだから、スリムになってくるとイケメン以外の何者でもない。遺伝子の力って残酷。
コスプレタイムは、仮装するだけで、特に何をするというわけでもなかった。ので、瑞樹先輩はにっこり笑って、「じゃあ、宿題やろっか?」と言う。
「えっ、ペンケースしか持ってきてないんですけど」
「柏木、馬鹿だなー。合宿には瑞樹先輩も呉井さんもいるし、さらには俺が山本まで呼んだんだぞ? 苦手教科の問題集くらい持ってくれば、聞きたい放題だろ」
仙川という保護者もいて、勉強の時間が一切ないとは考えられなかった。数学の問題集だけは持参である。なお、まだ手はつけていない。一ページも。でも大丈夫。ここにはお勉強のできる方々が揃っている。この合宿で八割がた終わらせる……!
「瑞樹さん。わたくしも宿題は持ってきておりませんわ」
禁欲的なメイド服が、呉井さんの清楚な美しさを際立たせている。思わずデレデレ見惚れていたが、彼女が宿題を持ってこないなんてミスも、珍しいもんだ。
「まどちゃんは、宿題全部終わってたでしょう?」
ミスじゃなかった。そもそも宿題、コンプリートしてた。早すぎじゃない? 天才か……。山本にも確認したら、こいつもすでに学校のは終わっているそうだ。
「学校のはたがが知れているからな。七月中にはすべて終わっていたよ」
今はレベルの高い塾の宿題に取り組んでいるところだとか……そうですか。
とりあえず、柏木には俺の問題集を見せてやり、夕食までの間の勉強会がスタートしたのだった。
普通、勉強会といえば最初の三十分は頑張るけど、誰か一人が飽きて別のことを始めると、全員が釣られて勉強以外のことに手を染める……というのがお決まりのパターンだ。
しかしこの勉強会は、完璧な布陣なのである。
柏木が真っ先に飽きて、俺にちょっかいを出す。なぜ俺かといえば、一番釣られそうだからだ。そしてその判断は、とても正しい。勉強はやらなければいけないことだから、仕方なくやっている俺は、自ら学ぼうとする山本とは違い、誘惑に負けやすい。
そんな柏木にストップをかけるのは、瑞樹先輩だ。
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