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<70話
九月になって、学校が再開された。変わったことといえば、俺は髪の毛を染め直すのを辞めた。ピンクをきれいに出すためにブリーチしていたので、色が抜けてもやや赤みが残っている状態だ。
新学期、教室に入ってきた呉井さんは、俺の頭を見るなり、「おはようございます」の言葉を引っ込めた。嘘をついていたことを謝るつもりは、毛頭ない。ピンクの髪が地毛だなんて、どう聞いても冗談でしかない。信じ込む方がおかしい。
実際呉井さんも、俺の髪の毛について言及しなかった。何なら柏木の方が、「なんでピンクにし続けないのよ!」と怒ったくらいだった。
もうひとつ変わったのは。
「去年は同好会を立ち上げたのが、文化祭後でしたので、わたくしたち『生活科学研究会』としては初めての文化祭への参加ですね」
「この同好会、名前あったんだな……」
俺の心とシンクロしたツッコミをしてくれるのは、山本だった。彼もなし崩しに同好会……生活科学研究会に入部することになった。
表向きは成り行きで。しかし、山本は俺のフォローをするために入ってくれた。ほんと、付き合ってみるといい奴。五月の遠足のときは、なんか悪いもんでも食ってたんだろう。
呉井さんは、山本に対してにっこりと笑ってみせた。
「例年、物品販売を手がける部活動は合同でスペースを取っていますので、わたくしたちもそこにお邪魔させていただくことにしました」
「へぇ。何か作って売るの?」
呉井さんは俺からの質問は、まるっと無視をした。聞こえなかったわけではあるまい。合宿からこっち、ずっとこうだ。俺が話しかけても、せいぜい挨拶を返す程度で、会話が成り立たない。やっぱり悪い方へと変化してしまったけれど、仕方がない。
さすがに呉井さんの態度がおかしいことに、柏木も気づいている。俺と呉井さんの顔を交互に見るけれど、両者ともに表情が変わらないのを見て、彼女は真相を掴もうとすることを、諦めた。
「それで? まどちゃん。何を作る予定なのかな?」
まったく同じ問いが、瑞樹先輩の口から放たれる。呉井さんは、待っていました! とばかりに持っていた企画書を俺たちに配布する。
「石けん、ですわ!」
なるほど石けんね。
転生先の異世界は、衛生事情が劣っていることが多い。そしてなぜか転生者は、石鹸の作り方を知っているのがお決まりのパターンだ。
さらに生活科学研究会という表向きの名称との相性もばっちりだ。
「さすがに石灰から……というわけにはいきませんので、薬品を購入して作成する予定です」
特に問題はなさそうだ。じゃあそれで、と思ったとき、反対したのは山本である。
「ちょっと待って。石けんの販売って、法律で決まってるんじゃないか?」
彼は素早くスマートフォンで「手作り石鹸 販売」と検索をかける。一通り目を通したあとで、俺たちに説明する。
「やっぱりだめだ。一般的な石けんは化粧石けんっていうんだけど、これは登録が必要。僕たちが販売できる可能性があるのは、雑貨扱いってところか」
薬機法がどうとか。薬剤師を置かなきゃいけないとか。都道府県のなんちゃらってところに申請しなければならないだとか。とにかく面倒くさいということはわかった。
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