クレイジー・マッドは転生しない(72)

スポンサーリンク
クレイジー・マッドは転生しない

<<はじめから読む!

71話

「雑貨扱いでも、原材料とか成分とか明記しなければならないし。僕たちができそうなのは……」

 山本は再度、スマートフォンを弄る。

「こういうのかな」

 彼が示したのは、石けんの彫刻だった。ソープカービング、というらしい。繊細なレースに似た薔薇の花は、とてもじゃないが素人にはできそうもない。

 っていうか。

「それだと趣旨に反するじゃん」

 柏木の言う通りだ。ソープカービングは、市販の石けんを使う。石けんを手作りするのとは話が違うのである。

「でもこれ以外だと、販売できない」

「えー? 学校のバザーだよ? そんくらい平気じゃない?」

「だめに決まってるだろ。いいか? 何か問題が起きたらどうするんだ? 僕たちじゃ対処できない」

 山本は正しい。正しいけれど、逃げ道がないんだ。それじゃ、石けんづくりをしたい柏木は納得しない。

 俺はこっそり、瑞樹先輩に目配せをする。こういうときに、何かいいアイディアを出してくれるのはやっぱり、先輩なのだ。

 彼は、やれやれと言う表情で、提案した。

「石けんは作ればいいよ。非売品で」

「でも」

「見本にすればいいんだよ」

 先輩の言葉を聞いて、俺も納得する。

「そっか。レシピを配布するのはどうだろう?」

 工夫して作った石けんを展示して、そのレシピを配布する。家で自分で作る分には自己責任の範疇だろう。その辺の文面は、工夫してもらうとして。

 どうかな、という目で山本を見ると、彼は頷いた。

「間違って販売しないように徹底すれば、大丈夫だろう」

 ということで、法律遵守派(あたりまえだけど)の山本も、石けんを作りたいったら作りたい派の柏木もそこそこ納得できる折衷案ができたところで、話は進んでいく。呉井さんが部長のはずなのだが、話し合いの主導権はすでに、山本に手渡してしまったようだ。彼女に文句がないのなら、俺が何か言う筋合いはない。

 山本はいくつかの手作り石けんレシピを比較検討して、材料が入手しやすい物、初心者でも作りやすい物をピックアップしてくれるという。

 石けんには乾燥させる時間が必要なので、製作するのも早い方がいい。販売するわけではないが、それでも最低二週間はかかる。

「ところで、どこで作る?」

 同好会の一番のデメリットはこれだ。合宿のときもそうだったが、学校の設備を使うのに、優先順位が部活に比べて低いのである。しかも文化祭は部活動だけでなく、クラスの出し物も関わってくる。調理室も理科室も、満員御礼だろう。

「心配はいりません。場所は、我が家を提供いたしますわ」

「えっ。呉井さんの家? マジで? めっちゃ行きたい!」

 柏木は無邪気に喜んでいる。地元の名士・呉井家の家だ。庶民の俺たちの想像を超えたお屋敷に決まっている。別荘であれなら、本宅はいったいどんな広さなんだろう。俺も興味はあるが、それ以上に彼女の家に行くことは、ヒントとなるはずだ。

「期待はずれかもしれませんよ?」

「いやいや、そんなわけないって。ねえ、明日川」

 呉井さんがどう育ってきたのか、いつ異世界転生を知って、死ぬ機会をうかがうようになったのか。その片鱗がわかれば、彼女の命のカウントが今いくつなのか、わかるかもしれない……。

 などと考えていたら、柏木の話を聞いていなかった。

「え? ごめん、なに?」

「もう! ちゃんと聞いてなさいよ!」

 ぷん、と膨らんだ柏木。お前、呉井さんみたいなすべてを超越した美少女ではないから、そんな顔するとちょっと不細工に見えるぞ、どうしても。言ったら怒られるのが手に取るようにわかるから、口を噤んでごめんなさいするけど。

「ああ、呉井さんちで石けん作りの話ね……うん、俺も楽しみだ」

 ちらりと彼女を窺うと、唇をわずかに開け、その隙間から細く溜息を吐き出した。おそらく、俺にだけは来てほしくなかったのだろうな。

 呉井さんは、「日にちに関しては、両親に尋ねてみないと……」と言った。帰ったら話を通してくれるそうだ。

「じゃあ俺、本屋でカービングの本探してみる」

 山本調べによると、カービングナイフが必要らしいが、いくらぐらいするんだろう。同好会にも助成金は出るが、どの出し物も一律一万円と決まっている。彫刻刀でできないかな? 教本も、新刊じゃなくて古本屋で探した方がいいかも。

「頼んだ。俺は石けんの原材料をなるべく安く揃える」

「あたしの仕事は?」

 うーん。柏木の仕事かぁ……。

「柏木は手先が器用だろ。服作りも上手かったし。だから俺が本買って来たら、一緒に練習しようぜ。な?」

 俺は不器用でも器用でもない。こんなところでも普通だ。きっと呉井さんは、彫刻でも華麗な手さばきを見せるんだろうな、と想像した。

73話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました