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<74話
練習も首尾よくいって、土曜日。いよいよ呉井家訪問の日である。
俺は山本と待ち合わせて、学校へと向かう。事前の打ち合わせが必要だった。
「呉井の家族か、仙川先生以外の人に話を聞くことができたら、ベストだな」
「ああ」
勝手に出歩いて、入ってはいけない部屋に侵入するのは俺もしたくない。作業をどこでやるのかにもよるが、トイレに行く素振りでキッチンにでも行くのがベストアンサーか。
ちなみに役割分担は、山本がみんなの注意を引きつける役だ。「明日川の方が、外面《そとづら》がいいから」と言うが、人当たりがいいと言ってほしいな、まったく。
呉井さんを知って、彼女が命を絶つのを止める。そのための、またとない好機だ。逃すわけにはいかない。
学校にたどり着くと、仙川が待っていた。瑞樹先輩は直接、呉井家に向かうからいない。
「あれ? 呉井さんは?」
車に寄りかかって腕を組んだ彼女は、明らかにイライラしている。君子危うきに近寄らず、だが、残念ながら接近しなければ、今日の目的を果たせない。
「お嬢様は、お前たちを出迎えるための準備で忙しいので、私が迎えに来た」
そんなに気を遣わなくてもいいのにな。
「そうなんですか。ありがとうございます」
余計なことは言わないに限る。迎えの礼だけ言って、俺と山本は車に乗り込んだ。
それから数分して、柏木がやってくる。今日はさすがに、荷物は常識的な量だ。露出を控えた清楚なワンピース着用で、「いい子ちゃん」に擬態している。スカート丈も、制服に比べると長めである。
思わず俺は、自分の服を見下ろした。
Tシャツの上にカーディガンを羽織り、下はデニム。何の変哲もない服装だが、俺もちょっと洒落た格好をしてくるべきだったのかな。自室のクローゼットやタンスの中身を思い浮かべるが、今着ているものと大差なかった。オタクだし。ファッションにあんまり興味なかったし。
ちなみに山本は、制服である。部活動の一環だし、学校が待ち合わせ場所なのだから当然だ、という顔をしているが、それもちょっとどうかと思う。
服装もてんでばらばら。呉井さんの家の人に、はたしてどんな印象を与えることやら。
車を運転する仙川に、ふと思い立って聞いてみた。
「今日って、呉井さんの家族は誰かいるんですか?」
「旦那様は仕事に向かわれたが、奥様はいらっしゃる。……お前たちの訪問を、楽しみにしているそうだ」
ミラーに映る仙川は、「苦虫を噛み潰した」という慣用句がしっくりとくる表情をしていた。
呉井さんのお母さんか。どんな人なんだろう。とりあえず、うちの母親とは大違いなのは間違いない。おそらく美魔女ってやつだ。会ってみたいなぁ、と考えていると、顔に全部出ていたのか、山本に肘で突つかれた。
おっといけない。呉井母の顔かたちを気にしていても仕方ない。彼女と話ができる状況を作って、呉井さんについての話を聞かないとな。
車を走らせること二十分あまり。立派な家が見えてきた。
「ここ?」
「ああ、そうだ」
駐車場に車を止め、仙川の引率で呉井さんの家の門を潜る。呼び鈴を押すと、「お嬢様。皆をお連れいたしました」と言うと、すぐに扉が開いた。
>76話
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