クレイジー・マッドは転生しない(76)

スポンサーリンク
クレイジー・マッドは転生しない

<<はじめから読む!

75話

「ようこそ、皆さん」

 洋風建築の屋敷に、呉井さんがドレス姿だと錯覚した。本当は、フリルをあしらったエプロンをしているだけだった。石けんづくりへの並々ならぬ熱意から、彼女は汚れてもいいように、Tシャツとデニムスカートという、今まで見たことがあまりない組み合わせの私服だった。

「お邪魔します」

 声を揃えつつ、俺は視線をさりげなく巡らせて、呉井さん以外の姿を探す。残念ながら、誰もいない。

「今日は場所を貸してくれてありがとう。お世話になるから、これ。口に合うかわからないけど」

 手土産は柏木に一任した。一般的にはスイーツ系が多いだろうが、山本も俺も、そんな店知らないからだ。柏木は「そんな大役、荷が重すぎるよ!」とぶちぶち言っていた。

 呉井さんは柏木から受け取って、パッケージを見た。

「『ブーランジェリー・カシマ』ですわね。ここのアップルパイ、わたくし大好きです」

「あたしも! 自分が食べたくて、アップルパイにしちゃったんだよね~」

 どうやら呉井さんも気に入ってくれたようで、ほっとした。「お茶のときに出しますわね」と言って、彼女は俺たちを部屋へと案内してくれた。途中でトイレの場所も教えてくれる。

 うーん。ここは、教えてくれない方が好都合だったんだけど。広い家だし、迷子になったは言い訳としては通用するか?

 通されたのは、ダイニングだった。すでにボウルなどは用意されている。

「こんにちは」

「あ、先輩。もう来てたんですね」

 瑞樹先輩ともここで合流する。先輩もエプロンをしている。当然フリルはなく、シンプルなネイビーの物だ。俺たちも、自分の家から持ってきたエプロンを粛々と身に着けて、準備をする。

「あら。明日川くん、縦結びになってらっしゃいますよ?」

 スニーカーの靴紐は見えているからちゃんと結べるが、エプロンは自分の身体の後ろにあるので、ちゃんとできない。数回結び直すけど、どうしても無理。呉井さんがクスクス笑って、「前を向いていてくださいね?」と、俺のエプロンをちょうちょ結びにしてくれる。

「あ、ありがとう」

「いいえ」

 微笑む呉井さんは可愛いし、結んでくれたのはありがたいけれど、視線が痛い。仙川の恨みの籠った目と視線を交わしたら、呪われる気がする。俺は彼女の方を見ないようにして、隣接するキッチンを覗く。

 そこにいたのは、小柄でふっくらとした女性だった。ばっちり目が合ったので、お互いに会釈する。いかにもお手伝いさん、という雰囲気の女性だ。長いこと務めていそうなので、ぜひともお話をお聞きしたいところ。

 だが、ひとまず部活動をしなければならない。

「ハーブティーは濃い目に煮出して……」

 レシピの責任者である山本の指示を聞きながら、俺は袖を捲って、気合いを入れた。

77話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました