クレイジー・マッドは転生しない(78)

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クレイジー・マッドは転生しない

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77話

「えっと、確かこの辺に……ああ、ありました」

 振り向いた彼女の手には、数冊のフォトアルバム。

 重いだろうから、と俺がアルバムを持った。そしてそのまま、隣にあるゲストルームに向かう。

「最近使っていないから、埃っぽいかもしれませんけれど、こちらで」

 静香さんはそう言うものの、ベッドにシーツの類がかかっていないだけで、十分にきれいだった。

 俺は促されて、ソファに座る。静香さんも横に座って、アルバムをケースから取り出した。

「円香さんは、昔はおとなしくて、病弱だったんですよ」

 呉井さんは赤ん坊時代から、目鼻立ちのぱっちりした美少女だった。可愛い、と思わず口にすると、静香さんは自分の娘が褒められたかのように、うふふと嬉しそうに笑う。

 写真はイベントのときだけではなく、日常の光景もたくさん収められていた。手作りクッキーをもぐもぐ食べているところや、自転車の練習で転んだのか、泣きべそをかいているところ。赤ちゃんのときとはいえ、お風呂に入っているところの写真は、さすがに呉井さんに悪いので、見ないようにした。薄目で見たけど。

「今も、教室ではおとなしいというか、周りをよく見て発言していると思いますよ。大人っぽいというか」

「そうですか。今日はしゃいでいるのは、よほど皆さんとの部活動が楽しいんでしょう」

 静香さんは、しんみりと言った。

 高校生にもなれば、親に対してと学校の友人に対して見せる顔は違って当たり前だ。俺だって、家では必要以上のことは喋らない。学校であったことを聞かれて、素直に答えるのは小学校低学年までだ。

 呉井さんは、家ではどんな風なんだろう。

「呉井さん、お父さんやお母さんとはどんな風に過ごしてるんですか?」

 静香さんはアルバムのページをゆっくりと捲る。ちょうど、小学校に入学するときの写真だ。このときからもう、呉井さんの顔は完成されている。ツインテールが愛らしい。

 だが、入学式だというのに、あまり嬉しそうではなかった。口をへの字に曲げて、大きな目でカメラのレンズを睨みつけている。「入学式」と書かれた看板の前に、幼い呉井さんはたった一人で立っているのに、多少の違和感があった。

 こういう写真って普通、子供ひとりの写真と、親と一緒の写真と複数枚撮影するんじゃないか。少なくとも、俺の記憶の中では母親と写真に収まっている。中学のときも、高校のときもだ。小学校のときとは違い、照れくさくて距離を置いたし、カメラ目線でもなかったけれど、撮影したのは間違いない。

「このくらいの時期に、一度事業が傾いたことがあって……なかなか円香さんの相手をすることができなかったんです。距離が開くばっかりで、今も多少、わだかまりは残っています」

 基本的に分け隔てなく優しい――例の事件のときは違う。あれは、呉井さんに敵意を持つ者が悪い――呉井さんが、両親と疎遠なのはやや驚きだった。なんとなく、一人娘で可愛がられて、彼女も親のことが大好き。そんな円満な家庭を想像していた。

「でも最近は、家でも楽しそうにしているんですよ。これも皆さんの……明日川さんのおかげですね」

 口元は優しげだが、目はまだ悲しみを湛えている。呉井さんが独りぼっちで辛かったときに、力になれなかったのを悔やんでいるのだろう。呉井家全体が大変だったということは、家政婦の彼女もまた、苦しかったに違いない。もしかしたら、家計の逼迫を理由に、一時解雇されていて、呉井さんの近くにいられなかったのかもしれない。

 俺は何も言ってあげることができずに、パラパラとアルバムを捲った。小学校時代の呉井さんの写真は、親が撮ったものではなく、学校で売り出されるスナップ写真ばかりだ。笑顔で映っているものは少ない。

「あ、これ瑞樹先輩ですね。先輩も、同じ学校だったんですか?」

「いえ。瑞樹さんは、円香さんのことを心配して、よく遊びに来てくれていたんですよ」

 高学年に成長した呉井さんは、次第にうっすらと笑みを浮かべて写真に収まることも増えてきた。それと同時に、彼女の隣にいる少女。小さく映っているのだが、見間違いようがなかった。

「あ、あの!」

 俺は指をさし、静香さんに写真を突きつける。

「この女の子は?」

 セーラー服を着た美しい少女は、笑わない。ただ真っ直ぐに、写真を眺める者の目を射抜くように見つめている。強く怖い少女だと、なんとなく思った。

 彼女は、呉井さんが大切に持っている写真の少女だ。間違いない。確かに生きて、呉井さんの隣に存在していた。

 静香さんは、顔を強張らせた。言いにくいことなのだろうか。なぜ。やはりこの人が、すべてを握っているのか。

「このお嬢さんは……」

 重い口を彼女が開こうとした、そのときだった。

「お母様? そろそろお茶にいたしましょう……あら、明日川くんもいらしたの?」

 軽やかな声に、ハッとした。アルバムを見ていたことがちょっと後ろめたくて、慌てて閉じたが、それを呉井さんに見咎められる。

「……そんな写真なんて見ても、面白くないでしょう」

 呉井さんには珍しく、はっきりと嫌そうだった。過去の暗い自分を見られるのは、オタク的に言えば黒歴史を晒したような気分なのだろう。俺も、中学の卒業アルバムとか、自分でも見るのが嫌だもんな。

「ごめん」

 彼女の気持ちは理解できたので、謝る。静香さんは俺を庇って、「ごめんなさいね。私が明日川さんのことをお誘いしたんですよ」と言いながら、アルバムをケースにしまう。

「っていうか」

 いきなり呉井さんが来て驚いて、スルーしてたけど。

「お母様?」

 静香さんはにっこりと微笑んで、頷いた。いきなり本丸をつついたのか。

「ミルクティーがいいかしら?」

 アップルパイに合うお茶を考えている呉井さんの後ろを、静香さんはついていこうとする。俺は彼女を引き留めて、ひっそりと耳打ちする。

「その、俺の気持ちについては、彼女には……」

 静香さんは何もかもわかっているという風に、大きく頷いた。

「ええ。言いませんよ」

 これ以上、呉井さんとぎくしゃくするのは困るのだ。彼女の返答に、俺は息を吐き出した。

79話

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