クレイジー・マッドは転生しない(87)

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クレイジー・マッドは転生しない

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86話

 待ち合わせ場所として指定されたのは、喫茶店だった。俺たちがよく……でもないけど、行くことのあるカジュアルな場所ではない。若い客は俺一人で、働いているのも老夫婦とその娘らしいおばさんだけ。

「ご注文は?」

 ファミレスなんかだと、スイッチひとつで店員が来てくれるけれど、この店にはそういうのがなく、少ししてからおばさんがやってきた。メニューを見る余裕もなく緊張していた俺は、場に充満する香りに流されて、つい、「コーヒーひとつ」と言ってしまった。

「はい、かしこまりました」

 しまった、と思ったときにはすでに注文は受理されており、おばさんは背を向けていた。俺、コーヒーを好んで飲む人間じゃなかった。せめてカフェオレにしておけば……。でも、コーヒーカップが運ばれてきてしまえば、「やっぱチェンジで」は通用しない。

 口をつけることなく、真っ黒な水面を眺めていると、「君が明日川匡くんか?」と、声をかけられた。音楽が小さくかけられているだけの店内では、そのやけに甲高い声が際立ったが、周りの客は自分のことに没頭していて、気にした様子もない。

 俺は慌てて立ち上がり、会釈する。大人と関わる機会なんて、親と学校の先生くらいのものだ。

「わざわざすいません」

 すぐに座るように促されて、俺は着席して再び頭を下げた。

 男の第一印象は、「フリーライター」という得体の知れない職業にしっくりくる風采、といったところか。天然なのかオシャレなのかわからないパーマヘアに、いつクリーニングに出したのかわからない、よれよれのコート。一瞬、「大丈夫なのか?」と思ったのは事実だ。

 彼は俺の席の飲み物に視線を移すと、やってきたおばさんに「クリームソーダ」と、常連らしくメニューを見ずにオーダーをした。

 クリームソーダなんて、ずいぶん子供舌なんだな、と思ったが、彼は届いたグラスをなぜか、俺の前に押しやり、自分は冷めつつあるコーヒーカップを引き寄せた。

「あの」

「コーヒー、苦手なんだろう? 一口も減っていないみたいだったから」

 案の定温くなっていたコーヒーに眉を顰めてみせて、男は「ブレンドもう一杯」と追加注文をした。

 俺は大人ぶったことを恥ずかしいと思った。それと同時に、男の観察眼や洞察力、そして気遣いに感心し、この人なら、と期待を寄せた。気持ちを落ち着かせるために、俺は一度、スプーンでアイスを、メロンソーダの中に沈めた。それから新聞記事と週刊誌の記事のコピーを取り出す。

「これは、あなたが書いたものですよね?」

 ライターの名前をチェックした俺は、週刊誌の版元に電話をかけた。編集部の人間は忙しそうで、ただの高校生の俺の話をまともに聞かなかった。あれこれ理由を用意して交渉しようとしていたのだが、「杉原? 仕事頼むんだったら電話番号言いますね!」と、なぜかどこかの編集者と勘違いされてしまった。

 そう杉原さんに言うと、彼は「まぁ、あそこは昔から適当だから……原稿料の支払い阿も」と、なかなかにブラックなコメントをした。

「俺は友達を助けたいんです。あなたが取材をしていて感じたこと、あるいは書けなかった事実などがあれば、聞かせてください。お願いします」

 事前に電話で話をしていたので、杉原は当時の取材メモを持ってきてくれた。今は雑誌の記事を書いているだけだが、ノンフィクション作家として本を出すのが目標だと言う。

「どんなことでも、本にできるネタがあるかもしれない、と取ってあるんだ」

 ただ、メモの字は彼自身にもところどころ、読めないところがあるらしい。取り出した眼鏡をかけ、胡散臭さが上昇した杉原は、眉間に皺を寄せながら、解読していく。

「インタビューに答えてくれた子のことは、さすがに話せないけど、いいかい?」

「はい。個人名までは……どうせ、探して会いにいく時間はないので」

88話

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