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<89話
一週間は短かった。それでも得るものは得られた。そう思う。あとは瑞樹先輩と話をするだけだ。
杉原と面会した後で、俺はSNSの海を探し回った。俺みたいなオタクからすれば信じられないけど、世の中には本名に顔写真アイコンでSNSアカウントを作り、来歴まで詳細にプロフィールに掲載している人間が、結構多い。有名人でもなんでもないのに、だ。
検索バーに「黎明女子」と入れれば、いくつものアカウントがヒットする。スマホをスワイプさせて見つけたアイコンに、心臓が止まるほど驚いた。
拡大しなくてもわかる。これは、日向瑠奈の写真だ。
すぐさま俺は、そのアカウントの持ち主にダイレクトメッセージを送った。写真の無断使用について触れたらきっとブロックされる。慎重に言葉を選んで文面を作成した。
案の定、瑠奈のクラスメイトだった。今は大学生。写真の女性について褒めると、彼女は超長文で、瑠奈を称えた。ざっと目を通したが、有益な情報はほとんどなかった。ただ、最後の一言だけ、意味深だった。
『どうして死んじゃったんだろう。なんで、あたしのことは連れてってくれなかったのかなぁ』
ぞっとして、それきりメッセージを送るのはやめにして、彼女のことをブロックした。礼儀知らずだと思われてもよかった。
二人目のインタビューを受けた少女は、まさか瑠奈に呼ばれたから死んだ、とでもいうのか。呉井さんも、彼女に呼ばれているのか。
非現実的なことを、夢見るように言う女が恐ろしかった。瑠奈が悪魔であるという結論に、また一歩近づいたような気がした。
顔しか知らない、会ったこともない少女のことを知るためのこの一週間は、あてのない旅をしているような気持ちだった。日向瑠奈の心の中をさまよっているような気持ちになったのは、彼女が得体の知れない少女のせいだ。
そしてその旅の終着点。
俺は呼び鈴を鳴らし、門が開くのを待つ。地獄の門なのかもしれない。この先で俺は、審判を受けるのだ。
俺を出迎えたのは、先輩ではなかったが、見知った顔だった。
「仙川……先生?」
呉井さんの家に仕えているはずの彼女が、どうして日向の家にいるんだろう。俺の問いかけには返事をせずに、仙川は「瑞樹さんが、お前をお待ちだ」と、家の中にいざなった。
呉井家に勝るとも劣らない広さと立派さだった。むしろ、この家の方がゴージャスな調度品が並んでいる。家の持ち主の趣味が出ているのだろうが、俺自身は呉井さんの家の落ち着いた雰囲気の方が好みだ。
仙川は、しずしずと先導する。週末だから、家の人がいるのかもしれない。リビングの近くは通らずに、二階へ上がり、一室のドアを叩いた。
「瑞樹さん」
それだけで、先輩は俺の来訪を受け入れ、入室を許可した。そういえば、手土産を忘れてしまったな、とここに来て気がついたが、慌ててもどうしようもない。それに、「つまらない物ですが……」なんてやり取りをしてから、瑠奈の話をするのはどうもチグハグだし。
先輩の部屋には、アップライトピアノが置いてあった。その前に座り、一本指でメロディーになり切らない音を弾いていく。
「先輩」
じゃあん、と不協和音を最後に鳴らし、瑞樹先輩は振り返った。柔和な笑みはいつもどおりだったが、彼の目は強く、俺に刺さる。
「答えは、出たかな?」
負けられない。呉井さんのために。彼女を救いたいけれど、瑠奈とのしがらみがあってどうしても救うことができない、先輩のために。
俺は力強く頷き、口を開く。
>91話
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