クレイジー・マッドは転生しない(91)

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クレイジー・マッドは転生しない

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90話

「先輩のお姉さんは……いいや、日向瑠奈は、サイコパスだと思います」

 ネットで調べた情報だけではなく、関連の本も読んだ。

 サイコパス。それはとても魅力的な人々。話術に長け、頭の回転も速い。そんな特徴を持つ人間の一人や二人、自分の周囲やテレビタレントの中にも、ぱっと思い浮かぶ顔があるだろう。

 その中の全員が、というわけではない。けれど確実に、潜んでいる。自覚的にか無自覚的にか。自覚していればいいというものでもない。でも無自覚な方が、俺は断然怖いと思う。

 良心を持たず、「相手のために」という言葉を本能的に理解できない人々。自分の利益を上げるためなら平気で嘘をつき、それがバレても周囲の取り巻きによる圧力で、揉み消してしまう。

 そして最悪、人を殺すことにも躊躇いがない人間――。

 女神であり悪魔。カリスマ性があって人あたりがよいが、クラスの人間関係を操っていた少女を形容するのにふさわしい単語を、俺はこれしか知らなかった。

 自身の姉を非難されても、瑞樹先輩は微動だにしなかった。静かに俺の話の先を促すだけだ。

「五年前の事故の記事を書いたライターに、会いました」

 そう報告すると、瑞樹先輩は驚いた様子だった。俺がそこまで行動するとは思っていなかったのだろう。本気であることを見せるために、俺はネットだけじゃなくて、自分の足も使った。何の意味もないけれど、黎明女子の校門前まで行ったくらいだ。

「ネットで瑠奈の同級生だった人の話も聞きました。五年経っても、瑠奈の影響力はまだ衰えていないんです」

 もしも誰かが瑠奈の写真を使い、自殺を呼びかけるようなことを拡散すれば、普通の人間は通報するだろう。でも、瑠奈の影響下にあった少女たちは違う。喜んで自ら命を差し出しかねない。

「先輩。いったいあなたのお姉さんは、何をしたかったんですか? 呉井さんの目の前でトラックに飛び込んだのに、何か理由はあるんですか?」

 クラスを壊し、呉井さんを狂わせ、挙句の果てに自ら命を絶つ。その意味を俺は、どれだけこの一週間考えても、わからなかった。

「……退屈していたんだよ、あの人は」

 瑞樹先輩は、ピアノに向き直り、今度は明確にメロディーを奏で始めた。クラシック音楽に詳しくない俺でも、なんとなく聞いたことのある悲愴な旋律を響かせる。

「退屈?」

 姉・瑠奈は頭がよかった、と瑞樹先輩。

「……頭が、よすぎたんだよ」

 呉井さんや瑞樹先輩は、もともとの能力以上に努力をしている秀才タイプだ。先輩はなかなか俺たちにそういう一面を見せないけれど、「僕は普通の人間だよ」と笑う彼に嘘はないと思う。

 対する瑠奈は、天才だった。学業は無論、答えのない問題であろうが、彼女の前ではパズルゲームに過ぎない。瑠奈の才能にいち早く目をつけたのは、父親だった。彼女の言葉に従ってビジネスを行い、人間関係を築いていくことで、日向家は力をつけた。

 彼女は成長するに従い、同級生の幼さに興味を覚えた。

 どうして自分を偽るのか。どうして群れるのか。どうして相手を自分より上だとジャッジするのか。どうして、どうして、どうして。

 退屈していた彼女は、クラスメイトを観察した。自由にした状態で、彼らがどんなアクションを取るのか、ただ見ていた。

 だが、それだけでは飽き足らず、彼女の行動は違うフェーズへと移行する。教室を実験室だと捉えるようになるのに、そう時間はかからなかった。瑠奈の誰よりも速く回転する頭では、凡人たちの思考回路など単純すぎた。

「クラスメイトはひとつの有機体。どこをどう弄ったら壊れていくのかを、見たかっただけだ」

 悪趣味だね。

 そう言って、ぽろん、と鍵盤を叩く。

92話

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