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想いを確かめ合い、初々しいお付き合いを開始したミュートとレイノルドは、地道に下級貴族たちへの印象アップ作戦を開始した。
すべてを開示しないのが、貴族のスマートなやり方だということは承知の上で、ミュートは馬鹿正直にあれこれと語った。
レイノルドが何を感じ、どう考えて今に至ったのか説明をすると、当時の事情を知る人間がいて、案の定、彼にとってはよい人間であった使用人夫妻が、マージュ侯爵家にとっては悪党であったことが判明した。わかりやすく横領を働いていたし、レイノルドを楯に侯爵家を意のままにしようとしていたのである。
懐いていた息子に真実を知らせるのがかわいそうだ、と前侯爵夫妻が気を利かせた結果、まさかこれほどまでに拗らせるとは。草葉の陰でレイノルドを見守っているだろう彼らも、頭を抱えているのではないか。
「なんとかわかってもらえそうでよかった」
広い領地を回り、代官たちに自ら頭を下げる領主に、彼らは目を白黒させて慌てふためいていた。ミュートがとりなすと、レイノルドの謝罪は受け入れられた。
すべてが許されたわけではない。今後の動き方次第では、代官たちがボイコットしたり、反乱を起こすことも考えられた。
レイノルドは下級貴族たちの言い分を聞き、彼らに自らの節約術や、投資の方法を教えた。それらが意外と好評で、すべての土地を回り切り、しばらく経つ頃には、少しずつ貴族たちは個人資産を蓄えられるようになっていった。
領民たちへの説明会も、レイノルド自身が行った。ミュートは資料作成を手伝った。グラフというものがこの世界ではあまり発達していないようで、「手書きで見栄えが悪いんだけど」と言いつつ資料を提出したら、ものすごく驚かれた。
だらだらと数字が並んでいるよりも、年ごとの税収と支出が逆転しているのは一目瞭然で、これを見た領民たちの半分以上は、快く協力を申し出てくれたし、残りも「領主様や代官様にそんなに負担をかけているとは知らなかった」と、金がないのなら仕方ない、と頷いてくれた。
――ほら、ちゃんと心を尽くして話せばわかってもらえただろ。
レイノルドの背中を強く叩くと、彼は少し子どもっぽい仕草で、「うん」と応じた。平民=善人であると信じ切っていた幼子の亡霊はいなくなり、あとには仕事のできる男が残った。
案の定、領主の優しさに付け込んでいた人間も多数おり、彼らは過去に遡って追加の徴税を免れない。泣いて縋ってきたが、善意に胡坐をかくだけでなく、積極的に悪用しようとしたのだから、自業自得であった。
説明行脚を強行軍でこなし、王都へ戻ってきた。ようやく明日からは通常業務に戻れる。今日はつかの間の休息であった。
「レイノルド様」
ミュートの不在は何の影響もないが、侯爵ともなれば違う。早々に書状の束をジェイクに渡され、彼はティーカップを置いて、それらに目を通し始めた。
中にはミュートへの手紙もあったりして、返事を書いたら一度見せるように、と言われた。下手なことは書けないもんな、と納得する。
そしてその中のたった一通、レイノルドの表情が歪む。
「どうしたの?」
これまでに見たことのない反応であった。のんびりとお茶をしている気分ではなくなり、ミュートは立ち上がり、彼の手元を覗き込もうとする。
「っ! 駄目だ!」
侯爵への密書? それならジェイクはミュートの目の前で渡さない。あとでこっそり、レイノルドが執務室に籠ったところで渡せばいいものを、彼はそうしなかった。ということは、そこまで機密にしなければならない相手ではない、はず。
それなのに、レイノルドは激しく拒絶した。
なぜ?
ミュートは彼の行動の理由が読めず、あきらめずに手紙に手を伸ばす。攻防の結果、ひらりと手紙は舞い落ちた。
「ミュート!」
落ちた場所は、くしくもミュートの目と鼻の先。すぐさま手を伸ばし、確認して絶句する。
「これは……」
だから君には見られたくなかったんだ、とレイノルドは額を押さえ、溜息をつく。
定規を当てて書かれた文字は、筆跡をわからないようにするためだ。ドラマで見たことがある。そうしなければならない手紙、それはつまり。
「脅迫状じゃんか!」
大声を上げるが、幸い近くにメイドはいなかった。もしも聞き耳を立てていたら、都じゅうの人たちの間でひそひそされる可能性がある。
「レイノルド、なんで……どうして、これは」
パニックになりかけるミュートを、落ち着け、と抱きしめてくれるレイノルド。
手紙には、男の嫁を追い出せ、さもなくば……という旨が書かれていた。自分にも関わってくるとは思っていなかったので驚いたし、恐怖を覚えた。
どこの誰だかわからない人間が、一方的に、しかも加害を匂わせるほどに嫌っている。万人に好かれるタイプではないミュートも、これほどまでに憎まれるのは初めてのことで、震える。
「大丈夫か?」
呼吸が浅くなるミュートの背中を、ゆっくりと大きな手のひらが摩る。うんうんと頷いて、自分に言い聞かせた。
この一件は、ミュート個人への怨恨ではない。マージュ侯爵家の嫁、しかも男であるからこそぶつけられる悪感情なのだ。
深呼吸と同時に、覚悟を決める。
「……レイノルド。これが初めての脅迫状ではないでしょう?」
彼の動きが止まった。
ミュートはにっこりと笑った。高位の貴族女性ならば、全員がマスターしていると言われる威圧感のある笑みである。もちろん、貴婦人会で習った。夫が隠し事をしているときにすれば、効果覿面よ、と。
「全部、出してくれる? 俺に関わるものも、そうじゃないものも」
有無を言わさぬ依頼、もとい命令に、レイノルドは慌てて、ジェイクに用意をさせるのだった。
脅迫状は、他の花嫁のときには送られてきていなかったという。
なぜ? 少し考えればわかる。彼女たちは、初夜が終わったその次の日の朝には命を落としていた。消えろ、離縁しろという強迫は無意味だ。
ミュートはレイノルドとは清い関係を貫いている。初夜を迎えていない嫁は、妻とは正式には認められないのだろう。少なくとも、脅迫者にとってはそうなのだ。
やや偏執的というか、こだわりが強すぎる。おかげでミュートは生き延びているわけだが。
「だからこんなものをねぇ……」
最初の頃は、貴族の利権を守るための言葉が取ってつけたように書かれていた。しかし、今開封されたばかりの最新版には、とにかくミュートと別れろ、ということしか書いていない。
この変化の理由として考えらえるのは。
「貴族については解決しつつあると見たから。とにかく俺のことが憎くて、当初の目的を忘れたから」
「ミュート」
縁起でもないことを言わないでくれ、と思考に水を差すレイノルドを軽く睨んで、指折り数える。
「脅迫者が、途中で変わった」
どれもありうる話である。まぁ、ミュートが問題提起したいのは、そこではない。
少なくとも、花嫁に危害を加えようとしている人間がいる。そしてその人物とは、貴族であるらしい。それがわかっただけでも、朗報であろう。
「呪いによって錯乱して自殺したんじゃない。明確な殺意を持って、彼女たちは殺されたんだ」
「そんな……どうして私ではなく、花嫁たちを」
脅迫状を前に、ミュートは脚を組み、手の指同士を合わせた。思考をまとめるのに、人差し指を話したりくっつけたりする。探偵小説や漫画の主人公になったような気持ちだ。人の、自分の命が懸かっていなければ、ワクワクできたのに。
きゅっと唇を引き結んで真面目な顔をして、それから口を開く。
「それもやっぱり、貴族だからでしょ」
貴族は「血」を重んじるものだ。一般人であるミュートが、曲がりなりにも彼の嫁として家に入ることができたのも、男は子を宿さないからだ。
普通、結婚した相手とは子どもをつくる。その子が、将来のマージュ侯爵になる。庶民の血を混ぜるわけにはいかない。
司祭は少女を嫁がせようとしていたが、そもそも普通に断られるのだ。あれも最初から、ミュートが自分から「じゃあ代わりに」と言い出すように仕向けたのではないか。男ならいけるかもしれない、と踏んで。なんという策士、いや、運のいい奴め。
「子どもができなかったら、どうなるの?」
「養子を取ることが多いな。そうでなければ、王家が回収し、分配することになる」
だよね、とミュートは頷いた。
「マージュ侯爵領は広いし、豊かだ。レイノルドは最低限しか税を徴収してこなかったけれど、私腹を肥やそうと思えば、できると思わない?」
お家断絶の危機にあるマージュ侯爵に取り入り、自分の子を、孫を養子にしてしまえば、やりたい放題できる。そう考える人間がいても、おかしくはない。
家の格というものがあるから、養子になれるのは、高貴な家の子どもだけだ。
「貴族だからああしろこうしろって言う割に、マージュ侯爵は自分たちと違ってみすぼらしい格好をしていない。ずるい。そういう恨みつらみを買っているところに、侯爵家の養子には別の家の人間が入るから、それまでの辛抱だ。なんなら手伝ってくれれば、便宜を図ってやる……なんて誘われたら、ころっと協力する人もいるかもね」
愕然としているレイノルドは、なんと優しい人だろうか。根本的に善人で、人を疑うことを知らない男なのだ。狼狽える彼には悪いが、ミュートはさらに続ける。
「レイノルドはオッドアイ……左だけ赤い目をしていて、都合がよかった」
気がふれて、花嫁たちは死んでしまった。初夜で領主の魔眼を直視したからに違いない。眼帯で隠れていても、あの目は呪いを振りまいている。ああ、恐ろしい、恐ろしい……! そんな家の血を残してはならない。印象操作を行ったのだ。
実情は、自分たちの意に沿わない花嫁ばかりを迎え入れるものだから、始末をしているだけだというのに。
「そんな物語が一度出来上がってしまった。何人続けて死んでも、魔眼の呪いで説明がついてしまうし、レイノルドだって、うっすら自分のせいだって思っているでしょ」
ミュートはピンと背を伸ばし、胸を叩いた。強くやりすぎて、少し咳き込む。
「でもさ、これでわかっただろ。レイノルドは誰も呪ったりしていない。すべては人間の仕業だって」
人間のやっていることだったら、謎は絶対に解ける。
「絶対に、俺が突き止めてみせるから」
にっこり笑ったミュートに、彼は複雑な顔で苦悩してみせる。
「だが、危ないのは君なんだぞ」
恐ろしくはないのかと、レイノルドは真顔で問いかけてくる。
正直なことを言えば、ものすごく怖い。今は、彼と肉体関係がないということで見逃されているが、脅迫者が仮にひとりだとすれば、かなり情緒不安定だと思う。
貴族の利権についての記述がなくなり、執拗にミュートの存在を排除する方向にシフトしているのは、危険な兆候である。
「信じてるから。俺のピンチには、レイノルドが来てくれる。逆に、レイノルドが助けを求めているときは、俺がいる」
深く寄せる信頼に、レイノルドは応えてくれる。立ち上がり、ミュートの前に跪いた彼は、ぎゅっと膝の上で握りこまれたミュートの指を取り、握ってくれる。そうされて初めて、冷え切っていることに気がついた。分け与えられる体温に、細かい震えもやがて止まる。
「私も約束する。ともに、謎を解き明かそう」
「レイノルド……」
たとえそれが、あなたが傷つく結末でも?
そう言いかけて、ミュートは飲み込んだ。不確実なことを言って、彼を混乱させたくなかったのだ。
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