魔眼の領主と千夜一夜(18)

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(17)

 想いを確かめ合い、初々しいお付き合いを開始したミュートとレイノルドは、地道に下級貴族たちへの印象アップ作戦を開始した。

 すべてを開示しないのが、貴族のスマートなやり方だということは承知の上で、ミュートは馬鹿正直にあれこれと語った。

 レイノルドが何を感じ、どう考えて今に至ったのか説明をすると、当時の事情を知る人間がいて、案の定、彼にとってはよい人間であった使用人夫妻が、マージュ侯爵家にとっては悪党であったことが判明した。わかりやすく横領を働いていたし、レイノルドを楯に侯爵家を意のままにしようとしていたのである。

 懐いていた息子に真実を知らせるのがかわいそうだ、と前侯爵夫妻が気を利かせた結果、まさかこれほどまでに拗らせるとは。草葉の陰でレイノルドを見守っているだろう彼らも、頭を抱えているのではないか。

「なんとかわかってもらえそうでよかった」

 広い領地を回り、代官たちに自ら頭を下げる領主に、彼らは目を白黒させて慌てふためいていた。ミュートがとりなすと、レイノルドの謝罪は受け入れられた。

 すべてが許されたわけではない。今後の動き方次第では、代官たちがボイコットしたり、反乱を起こすことも考えられた。

 レイノルドは下級貴族たちの言い分を聞き、彼らに自らの節約術や、投資の方法を教えた。それらが意外と好評で、すべての土地を回り切り、しばらく経つ頃には、少しずつ貴族たちは個人資産を蓄えられるようになっていった。

 領民たちへの説明会も、レイノルド自身が行った。ミュートは資料作成を手伝った。グラフというものがこの世界ではあまり発達していないようで、「手書きで見栄えが悪いんだけど」と言いつつ資料を提出したら、ものすごく驚かれた。

 だらだらと数字が並んでいるよりも、年ごとの税収と支出が逆転しているのは一目瞭然で、これを見た領民たちの半分以上は、快く協力を申し出てくれたし、残りも「領主様や代官様にそんなに負担をかけているとは知らなかった」と、金がないのなら仕方ない、と頷いてくれた。

 ――ほら、ちゃんと心を尽くして話せばわかってもらえただろ。

 レイノルドの背中を強く叩くと、彼は少し子どもっぽい仕草で、「うん」と応じた。平民=善人であると信じ切っていた幼子の亡霊はいなくなり、あとには仕事のできる男が残った。

 案の定、領主の優しさに付け込んでいた人間も多数おり、彼らは過去に遡って追加の徴税を免れない。泣いて縋ってきたが、善意に胡坐をかくだけでなく、積極的に悪用しようとしたのだから、自業自得であった。

 説明行脚を強行軍でこなし、王都へ戻ってきた。ようやく明日からは通常業務に戻れる。今日はつかの間の休息であった。

「レイノルド様」

 ミュートの不在は何の影響もないが、侯爵ともなれば違う。早々に書状の束をジェイクに渡され、彼はティーカップを置いて、それらに目を通し始めた。

 中にはミュートへの手紙もあったりして、返事を書いたら一度見せるように、と言われた。下手なことは書けないもんな、と納得する。

 そしてその中のたった一通、レイノルドの表情が歪む。

「どうしたの?」

 これまでに見たことのない反応であった。のんびりとお茶をしている気分ではなくなり、ミュートは立ち上がり、彼の手元を覗き込もうとする。

「っ! 駄目だ!」

 侯爵への密書? それならジェイクはミュートの目の前で渡さない。あとでこっそり、レイノルドが執務室に籠ったところで渡せばいいものを、彼はそうしなかった。ということは、そこまで機密にしなければならない相手ではない、はず。

 それなのに、レイノルドは激しく拒絶した。

 なぜ?

 ミュートは彼の行動の理由が読めず、あきらめずに手紙に手を伸ばす。攻防の結果、ひらりと手紙は舞い落ちた。

「ミュート!」

 落ちた場所は、くしくもミュートの目と鼻の先。すぐさま手を伸ばし、確認して絶句する。

「これは……」

 だから君には見られたくなかったんだ、とレイノルドは額を押さえ、溜息をつく。

 定規を当てて書かれた文字は、筆跡をわからないようにするためだ。ドラマで見たことがある。そうしなければならない手紙、それはつまり。

「脅迫状じゃんか!」

 大声を上げるが、幸い近くにメイドはいなかった。もしも聞き耳を立てていたら、都じゅうの人たちの間でひそひそされる可能性がある。

「レイノルド、なんで……どうして、これは」

 パニックになりかけるミュートを、落ち着け、と抱きしめてくれるレイノルド。

 手紙には、男の嫁を追い出せ、さもなくば……という旨が書かれていた。自分にも関わってくるとは思っていなかったので驚いたし、恐怖を覚えた。

 どこの誰だかわからない人間が、一方的に、しかも加害を匂わせるほどに嫌っている。万人に好かれるタイプではないミュートも、これほどまでに憎まれるのは初めてのことで、震える。

「大丈夫か?」

 呼吸が浅くなるミュートの背中を、ゆっくりと大きな手のひらが摩る。うんうんと頷いて、自分に言い聞かせた。

 この一件は、ミュート個人への怨恨ではない。マージュ侯爵家の嫁、しかも男であるからこそぶつけられる悪感情なのだ。

 深呼吸と同時に、覚悟を決める。

「……レイノルド。これが初めての脅迫状ではないでしょう?」

 彼の動きが止まった。

 ミュートはにっこりと笑った。高位の貴族女性ならば、全員がマスターしていると言われる威圧感のある笑みである。もちろん、貴婦人会で習った。夫が隠し事をしているときにすれば、効果覿面よ、と。

「全部、出してくれる? 俺に関わるものも、そうじゃないものも」

 有無を言わさぬ依頼、もとい命令に、レイノルドは慌てて、ジェイクに用意をさせるのだった。

 脅迫状は、他の花嫁のときには送られてきていなかったという。

 なぜ? 少し考えればわかる。彼女たちは、初夜が終わったその次の日の朝には命を落としていた。消えろ、離縁しろという強迫は無意味だ。

 ミュートはレイノルドとは清い関係を貫いている。初夜を迎えていない嫁は、妻とは正式には認められないのだろう。少なくとも、脅迫者にとってはそうなのだ。

 やや偏執的というか、こだわりが強すぎる。おかげでミュートは生き延びているわけだが。

「だからこんなものをねぇ……」

 最初の頃は、貴族の利権を守るための言葉が取ってつけたように書かれていた。しかし、今開封されたばかりの最新版には、とにかくミュートと別れろ、ということしか書いていない。

 この変化の理由として考えらえるのは。

「貴族については解決しつつあると見たから。とにかく俺のことが憎くて、当初の目的を忘れたから」

「ミュート」 

 縁起でもないことを言わないでくれ、と思考に水を差すレイノルドを軽く睨んで、指折り数える。

「脅迫者が、途中で変わった」

 どれもありうる話である。まぁ、ミュートが問題提起したいのは、そこではない。

 少なくとも、花嫁に危害を加えようとしている人間がいる。そしてその人物とは、貴族であるらしい。それがわかっただけでも、朗報であろう。

「呪いによって錯乱して自殺したんじゃない。明確な殺意を持って、彼女たちは殺されたんだ」

「そんな……どうして私ではなく、花嫁たちを」

 脅迫状を前に、ミュートは脚を組み、手の指同士を合わせた。思考をまとめるのに、人差し指を話したりくっつけたりする。探偵小説や漫画の主人公になったような気持ちだ。人の、自分の命が懸かっていなければ、ワクワクできたのに。

 きゅっと唇を引き結んで真面目な顔をして、それから口を開く。

「それもやっぱり、貴族だからでしょ」

 貴族は「血」を重んじるものだ。一般人であるミュートが、曲がりなりにも彼の嫁として家に入ることができたのも、男は子を宿さないからだ。

 普通、結婚した相手とは子どもをつくる。その子が、将来のマージュ侯爵になる。庶民の血を混ぜるわけにはいかない。

 司祭は少女を嫁がせようとしていたが、そもそも普通に断られるのだ。あれも最初から、ミュートが自分から「じゃあ代わりに」と言い出すように仕向けたのではないか。男ならいけるかもしれない、と踏んで。なんという策士、いや、運のいい奴め。

「子どもができなかったら、どうなるの?」

「養子を取ることが多いな。そうでなければ、王家が回収し、分配することになる」

 だよね、とミュートは頷いた。

「マージュ侯爵領は広いし、豊かだ。レイノルドは最低限しか税を徴収してこなかったけれど、私腹を肥やそうと思えば、できると思わない?」

 お家断絶の危機にあるマージュ侯爵に取り入り、自分の子を、孫を養子にしてしまえば、やりたい放題できる。そう考える人間がいても、おかしくはない。

 家の格というものがあるから、養子になれるのは、高貴な家の子どもだけだ。

「貴族だからああしろこうしろって言う割に、マージュ侯爵は自分たちと違ってみすぼらしい格好をしていない。ずるい。そういう恨みつらみを買っているところに、侯爵家の養子には別の家の人間が入るから、それまでの辛抱だ。なんなら手伝ってくれれば、便宜を図ってやる……なんて誘われたら、ころっと協力する人もいるかもね」

 愕然としているレイノルドは、なんと優しい人だろうか。根本的に善人で、人を疑うことを知らない男なのだ。狼狽える彼には悪いが、ミュートはさらに続ける。

「レイノルドはオッドアイ……左だけ赤い目をしていて、都合がよかった」

 気がふれて、花嫁たちは死んでしまった。初夜で領主の魔眼を直視したからに違いない。眼帯で隠れていても、あの目は呪いを振りまいている。ああ、恐ろしい、恐ろしい……! そんな家の血を残してはならない。印象操作を行ったのだ。

 実情は、自分たちの意に沿わない花嫁ばかりを迎え入れるものだから、始末をしているだけだというのに。

「そんな物語が一度出来上がってしまった。何人続けて死んでも、魔眼の呪いで説明がついてしまうし、レイノルドだって、うっすら自分のせいだって思っているでしょ」

 ミュートはピンと背を伸ばし、胸を叩いた。強くやりすぎて、少し咳き込む。

「でもさ、これでわかっただろ。レイノルドは誰も呪ったりしていない。すべては人間の仕業だって」

 人間のやっていることだったら、謎は絶対に解ける。

「絶対に、俺が突き止めてみせるから」

 にっこり笑ったミュートに、彼は複雑な顔で苦悩してみせる。

「だが、危ないのは君なんだぞ」

 恐ろしくはないのかと、レイノルドは真顔で問いかけてくる。

 正直なことを言えば、ものすごく怖い。今は、彼と肉体関係がないということで見逃されているが、脅迫者が仮にひとりだとすれば、かなり情緒不安定だと思う。

 貴族の利権についての記述がなくなり、執拗にミュートの存在を排除する方向にシフトしているのは、危険な兆候である。

「信じてるから。俺のピンチには、レイノルドが来てくれる。逆に、レイノルドが助けを求めているときは、俺がいる」

 深く寄せる信頼に、レイノルドは応えてくれる。立ち上がり、ミュートの前に跪いた彼は、ぎゅっと膝の上で握りこまれたミュートの指を取り、握ってくれる。そうされて初めて、冷え切っていることに気がついた。分け与えられる体温に、細かい震えもやがて止まる。

「私も約束する。ともに、謎を解き明かそう」

「レイノルド……」

 たとえそれが、あなたが傷つく結末でも? 

 そう言いかけて、ミュートは飲み込んだ。不確実なことを言って、彼を混乱させたくなかったのだ。

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