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ミュートが動き出すとほぼ同時に、脅迫者の側も動きがあった。
それまでは「離縁しろ」とレイノルド宛に送りつけていた手紙が、直接ミュートの元に送りつけられるようになったのである。
判を押したように同じことしか書いていないので、三通目で見るのをやめた。
「もう、送り主の名前がない手紙、持ってくるのやめた方がいいと思う。今は手紙しか入ってないけど、今後何を入れられるかわからないし」
カミソリレター、なんてものが日本にはあたな。昭和の漫画のいじめシーンでよく見かけた。
レイノルドの側近として、あれこれと世話を焼くジェイクにそう言うが、彼は唇を噛みしめるだけであった。ミュートは肩を竦める。
以降、手紙は止んだものの、向こうも痺れを切らしたのか、過激な行動に出るようになった。
例えば飲み物や食べ物の中に異物が混入している。髪の毛くらいなら、まぁそういう日もあるか、とこっそり回収して、手をつけないということもできるが、これがガラスの破片や虫の死骸ともなると、さすがにレイノルドに報告を上げざるをえない。また、中庭を歩いていると、植木鉢が落ちてきたこともあった。
命が脅かされている。そう判断したのはレイノルドであった。
花嫁たちを死に至らしめた殺人犯は、いよいよなりふり構わなくなってきた。
「どうしたらいいのか……」
仕事をしつつ、ミュートの身辺にも気を配っているレイノルドの疲労は濃く、ベッドでミュートの物語を聞いても、安らかな眠りにつくことは無理そうだ。初夜後というルールすら破られるのではないかと、恐れている。
対照的に、ミュートはのんびりと構えていた。自分の命が狙われているというのに、のんきなものだと我ながら思う。
家の中で度を越した嫌がらせをしてくる犯人だが、今のところ、殺そうとまではしていないのではないか。そう感じているからだ。
ガラスの破片も大きかったし、虫だってもっと隠そうと思えばできたはずだ。
一回目で毒を盛ればミュートは苦しんで死んだだろうに、先に異物を混入させて、警戒を強めたのは悪手だ。最近は毒見係がミュートの食事に口をつけてから、食べるようにしている。
植木鉢が落ちてきたのは、さすがに肝が冷えた。数秒前まで自分がいた場所を狙いすまして落下してきたのである。頭を直撃していたら、即死であった。そうはならなかったのは、相手が一流の暗殺者ではないことを示唆している。
それに。
ミュートは真面目な顔をして、「ちょっと話をしてもいい?」と、ベッドの上で正座をした。レイノルドはミュートの座り方の意味を知らないが、表情からそれが、これまでの面白おかしい話をしようというのではない、ということを悟る。彼までそうする必要はないのに、いそいそと身を起こして、ミュートの真似をした。
寝台の上で大の大人の男同士が膝を突き合わせているのは滑稽だが、キリリとミュートは表情を引き締める。
「怒らないで聞いてほしいんだけど」
「うん?」
ミュートに理不尽に怒りをぶつけることなどありえないが、というきょとんとした顔で、彼は首を傾げた。
そんな風なあどけない仕草、ハンサムな大男には似合わないはずなのに、不思議と様になるあたり、「好き」とは「可愛い」とほぼ同義なのだと、この場にそぐわないことを考えた。現実逃避をしたかったのかもしれない。
「俺、犯人はこの家にいると思うんだよね」
ぼそり、呟きが耳から入り、脳に達したところで、レイノルドは絶句した。目を見開き、口が半開きになる。まさかそんなはずはない、という顔だ。
「……どうして、そんなことを?」
頭ごなしに否定するでもなく、深呼吸で一拍置いて、ミュートの言葉をもう少し吟味しようとするところは、一歩成長したのかもしれない。
レイノルドは頭が切れる領主だと評判だが、実はそうでもない。実際、実務については有能だ。仕事の優先順位というものを彼は一目で見抜くことができるし、適材適所、人員の割り振りも完璧だ。
しかしその一方で、思い込みが激しいところがある。平民は皆が善人で、守るべき存在、貴族は彼らのために我慢するのが美徳であると、長年貴族たちとの軋轢を生んでいたほどだ。
それと同じで、マージュ侯爵家として歓迎され、祝福されるべき花嫁を殺す人間が、まさか身内にいるわけがない。外部の人間の犯行だと勝手に決めつけていた節がある。
侯爵の屋敷が、そんなに簡単に侵入を許すのもおかしな話だし、眠りが浅い方であるレイノルドが、犯行の間じゅう気づかずに深い眠りについているのも変だ。
ミュートは指折り、内部犯と考える根拠を述べていく。
「俺が花嫁が死んだのは呪いじゃないって言って本格的に調べ始めたのと同時期に、脅迫状が俺宛になった」
「食事に異物が混入させるのって、いつ食事が作られて、どこに置いてあってどのタイミングで運ぶのかってわかってないと無理でしょ」
「植木鉢も、あの日あそこに俺が通るって、どうやってわかるんだ? たまたま下に見えたから、反射的に投げ落としたんじゃない?」
これまでの花嫁殺しについて、言及するのは避けた。レイノルドが落ち込む姿をこれ以上見たくなかった。以前、事件について尋ねたときも歯切れが悪かったし、あまり思い出したくないことのようだったので。
「そんな……」
ここのところのレイノルドは、自分の信じていたものがすべて壊されていき、非常に頼りない心地になっている。
敬愛していた使用人夫妻は、マージュ家の金をくすねていた悪人で、平民の中にも貴族と同じくらい悪い人間もいること。信用していた身内の中に、脅迫者、ひいては花嫁連続殺人の犯人がいる可能性を示唆されて、青い顔をしている。
ミュートは咄嗟に、彼の手を掴んだ。すっかり冷えきっていて、両手で暖める。
少しずつ落ち着きを取り戻したレイノルドの口からは、信じられない言葉が吐き出された。
「私たちは、別れた方がいいのかもしれない……君の安全のためにも」
「レイノルド」
彼の赤い目は、存外に素直だ。「別れたくない」「ミュートと一緒にいたい」と、感情を吐露している。別れを口に出す唇とは大違いで、ミュートは彼の瞳の方を尊重する。
「別れたって、たぶん無駄だ。向こうはもう、俺に執着してる。花嫁とか関係ない」
脅迫状の文章から、ミュートは犯人の気持ちを考えてみた。プロファイリング、なんてたいそうなものではない。科学的根拠などなく、あくまでも想像の域を出ない。
初夜といえば、花嫁が身も心も夫のものになる儀式である。その途端に彼女たちを惨殺するということは、レイノルドの正式な妻となった人間が憎くてたまらないのではないか。ミュートが今も生かされているのは、レイノルドと肉体関係がないから、その一点だけが理由だ。
殺したいけれど、まだ殺せない。そんな迷いと執着の表れが、過激化する嫌がらせなのではないだろうか。
「俺はレイノルドとはまだ、セックスしていない。キスすら、子どもみたいなのしか。男だし、籍も入っていない仮初の妻を殺すのは、犯人のポリシーが許さない。でも、俺はレイノルドと想いを交わし合った。好き同士、恋人同士になったわけだから、向こうも苦悩している」
「ミュート……」
「だからさ。もう、俺がこの家を出て行けばどうにかなるっていう段階ではないと思うんだよね。出ていくよりも、あなたの傍にいた方が安全な気がする」
自分の想像が正しいのならば、憎しみを爆発させているのは自分に向けてだが、犯人の心の向かう先は、レイノルドである。
彼のことを愛してやまない人間が、ミュートたち花嫁を邪魔に思い、屠っている。
「そりゃ、俺だって怖いよ。でも、レイノルドの傍がいいんだ……だから」
レイノルドはミュートを抱きしめた。突然のことに驚いたミュートだったが、すぐに肩の力を抜いて、彼に身を委ねる。厚い胸板は安心できるし、背中に腕を回せば、それ以上の力で応えてくれるのが嬉しい。
「絶対に、守るから……!」
「うん……」
目を細めながら、ミュートは思う。
それはこっちだって同じだ。万が一、愛が逆恨みとなって反転し、殺意の矛先をレイノルドに向けることがあれば、身体を張ってでも止める。
いつの間にか、命を賭けてでも愛したい存在を見つけていた。この平和とは言い切れない世界に、毒されているのかもしれない。
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