魔眼の領主と千夜一夜(22)

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(21)

 初めての性行為に夢中になっていたミュートは、冷静になった今、息をひそめていた。隣に寝そべるレイノルドの、規則正しい呼吸音は眠りに誘ってくるけれど、ここで睡眠に移行することは、すなわち死を意味する。

「う……んん」

 時折寝返りをうち、うにゃうにゃと寝言めいたことを言うのを忘れない。しっかりと薬が効いて、レイノルドも自分も熟睡していますよ~、とアピールする。

 誰に向かって? マージュ家に暗い影を落とす、花嫁連続殺人事件の犯人に向けて、である。

 その人物は、今も息を潜めて機会を伺っている。しっかりと意識が落ちて、刺し殺しても悲鳴を上げない。隣で大胆な犯行に及んでいても気づかない状態になっていることを確信しなければ、行動に移さない。用心深い犯人である。

 だがそれだけでは、これまで長きに渡って捕まらないなどということはありえない。

 彼は、レイノルドに深く信頼されている。それこそ、閨の番を任されるほど。

 ――ミュートの推理した殺人犯の正体は、ジェイクであった。誰よりもレイノルドの近くに侍り、文句ひとつ言わずに付き従う、従者の手本のような男だ。

 レイノルドは彼のことを、友として、部下として、他の人間よりも一段上に置いていた。これまでの花嫁たちも、侯爵がそこまで信頼しているのなら、と心を許しただろう。その後すぐに殺されてしまったから、ミュートのように違和感を抱くこともなく。

 単純な話である。閨で新婚夫婦の夜の生活が上手くいきそうかを判断する人間は、主人よりも遅くまで起きていなければならない。彼らが眠ったのを確認して、自室へ戻るとジェイク自身が語っていた。

 熟睡する夫婦の部屋へは、衝立一枚を隔てているだけ。扉の開閉音に気を配る必要すらなく、やすやすと侵入を果たせる。

 少しの物音でも起きてしまうレイノルドへの対策は、初夜に準備されている香炉が担っていた。

 彼が必ず焚くようにと言っていたあの炉の中の乾燥した葉や花は、そのまま煎じて飲んでも効果はないが、燻した煙を吸うことで、強い睡眠薬の効果が表れる。レイノルドが犯行に気づかず、花嫁たちが自分が死ぬとわからぬままに殺されたのは、そのせいだ。

 実験に付き合ってくれた医者も初めて知る処方であったことから、おそらくは暗殺者だとか、そういう後ろ暗いことをする集団の中において、極秘裏に伝わっていたのだろう。

 ジェイクがその一味であるとはさすがに考えづらいので、大金をはたいて、秘薬のレシピを教わったに違いない。

 医師にやってもらったことは、大きく分けてふたつ。ミュートが煙を吸ってもなんともないことの確認と、調合の分析および加工である。

 香を焚かなければ、ジェイクは殺しには来ない。焚いたところで、まるきり別物であれば、こちらの策略がバレてしまう。

 だから、香りがほとんど変わらないようにして手を加え、効果が薄くなるものを作った。ミュートが香炉に放り込んだのは、偽物の方である。レシピ開発に手間取り、時間がかかってしまった。

 幸い、医者は知り合いで口の堅い優秀な研究者とともに、不謹慎だと口にしながら楽しそうに開発してくれた。謝礼はすべてが解決してから払うと話したが、いらないと言われた。貴重なポプリのサンプルが手に入ったことが、よほど嬉しかったらしい。

 案の定、ミュートにはもともとジェイクが仕掛けたものも、それを加工したものも、効果はなかった。医師たちは、前者はすぐに寝落ちしたし、後者もぐっすり。ただし、大きな音を立てればすぐに目が覚める程度の睡眠の深さであった。

 弱い睡眠薬を吸ったレイノルドは、眠っている。ただ、これまでの犯行時とは異なり、意識は浅いところを揺蕩っているはずだ。

 ……来るだろうか。いいや、必ず来る。

 初夜での性行為は、ジェイクの殺人トリガーだ。どれだけミュートのことを邪魔に思っていても、レイノルドのお手つきではない以上、手を出すことはできなかった。それが彼の、何らかのポリシーにのっとってのことであることは、想像がつく。

 それにしても、遅い。もっと早くに来てくれたらいいのに。

 衝立の向こうの気配を探るが、あいにくと命を狙われる経験は今回が初であり、殺意や悪意については鈍感な、現代日本人であるから無理だった。

 どうにかおびき寄せられないかな、と思っていたら、寝返りを打ったレイノルドが抱き着いてくる。しかも、寝ぼけているのか、ミュートの胸をまさぐってきた。

 だいぶ時間が経ったとはいえ、初めての行為は刺激的で、いまだに身体に余韻は残っている。しかもピンポイントで乳首のあるあたりを揉んでくるものだから、「ひゃ、あん」と、間抜けな声が出た。

 危ない。寝ぼけているだけだと思い込んでくれただろうか。チャンスは今日、一度きりだ。今日を取り逃したら、寝室にこだわらず、狙ってくるだろう。

たった一回、ジェイクの犯行を取り押さえて引き渡さなければ、ミュートたちに明るい未来はない。

「んん……っ」

 追撃を受けて、悩ましい声を上げると、コトリと音がした。

 人間が、動いている。仕切りの向こう側から、ジェイクがこちらへ向かっている。

 心臓が痛いくらいだ。恐怖と興奮で、アドレナリンが出っぱなしだった。落ち着け。落ち着くんだ。シミュレーション通りに。

 ゆっくりと近づいてきたジェイクは、まず、レイノルドが本当に眠っているのかどうか、確認しているようだった。彼はまだ夢の世界の住人だ。幸せそうに、ミュートの胸に手のひらを載せている。

 チェックを終えて、男の影がこちらに回ってくる。その手には、白刃。それぞれの事件において、凶器は投げ捨ててあったというから、レイノルドが結婚をする度に新調している大振りのナイフである。

 そしてそれを、言い逃れができないほど強く握りしめ、高く掲げる。憎しみが動きの「溜め」に繋がる。振り下ろすまでの時間の長さは、ミュートにとっては絶好のチャンスであった。

 ――今!

「わあああああああああ!?」

 大きな声を上げる。主の寝室の防音はそれなりに気を遣ってあるとはいっても、日本の技術には遠く及ばない。ミュートが全力で叫べば、住み込みの使用人たちに届く。シェフの中には、すでに仕込みのために起き出している者もいるだろう。

 さらに、ミュートは脚をけり出し、むちゃくちゃに暴れまくった。ジェイクの身体の一部に当たり、呻き声を上げる。当然、彼だけじゃなくて隣にいるレイノルドにもダメージを与えるが、眠気も一気に覚めるだろう。もう、ぐちゃぐちゃに手足を振り回した。

「どうなさいました!? 旦那様! ミュート様!」

 灯りを手にした者たちが、ぞろぞろとやってきて、マージュ侯爵邸は未明から大騒ぎの様相を呈することとなった。

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