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捕縛され、床に転がされて時に踏みつけられているジェイクの前に、ミュートたちは姿を現した。さすがに、あられもない寝間着姿のままでは、格好がつかない。見張り以外が、手早く身支度を整えてくれてありがたかった。
「ジェイク。なぜだ?」
ミュートは、彼が犯人であることをレイノルドに伝えていなかった。目星はついているとだけ言っていたから、さすがにジェイクが襲いかかってきたことに、驚きと失望を隠さない。
青い顔をしている彼の隣に立ち、震える拳をぎゅっと握ってやる。こちらを向いたレイノルドに、ミュートは大きく頷いた。
「どうして……」
「俺には、この世界の薬がほとんど効かないんだ。ジェイクには教えていなかったけれど。それに、あんたが仕掛けた香炉のポプリも、ちょっと細工させてもらったよ」
ひょっとすると、自分にはこの世界独自の毒も効かないんじゃないかとふいに思い当たったが、話すのは今の場面ではないし、確認するのも怖いからやめておこうと、頭の片隅で思った。
「失礼。旦那様。連行しました」
無言で主人を見上げるジェイクの元に、彼の父親が連れてこられる。中年男性は、不機嫌そうにしていたが、息子の姿を認めると、「貴様、馬鹿なことを……!」と、怒りのあまりに叫んだ。
「馬鹿なこと? 私はまだ、あなたの息子が何をしたのか伝えていないぞ、男爵」
途端に、ぴしりと固まる父親。語るに落ちた。彼は息子の犯行を知っていた。どころか当初は、男爵の指示によって動いていたのだろう。
男は青ざめ、「え、いや!」と、一生懸命にここから助かるための言葉を探していたが、そんなものはない。
それに、
「すべてを話してもらおうか?」
と、赤い目を怒りに爛爛とさせたレイノルドに睨みを利かせられると、普通の人間は、恐ろしさを覚え、ベラベラとすべてを自白し始める。衆人環視の中だ。もはやごまかしや言い訳はできない。
男爵の話を要約すると、案の定、庶民を優遇して傘下の下級貴族を締めつけるレイノルドのやり方に反発した人間たちが共謀したことだという。マージュ侯爵領を狙う、他の高位貴族も絡んでいる。
睡眠効果のあるポプリの作成方法は、とある子爵家の人間が、闇ギルドに大金を払って教えてもらった。脅迫状を送付するのも持ち回りでやっていた。
ジェイクが実行犯に選ばれたのは、ひとえに閨の番に選ばれたから、たった一点であった。自分たちの手を直接汚すことは憚られる。結局のところ、彼らはレイノルドが嫌悪するところの悪徳貴族であった。他人に強制して、汚れ仕事をさせる。
「どうして、私ではなく花嫁を狙った。彼女たちに罪はないはずだ」
拳を握り締め、声を震わせるレイノルドは、怒っている。ミュートは彼に寄り添い、その手に触れた。彼の指は、爪が皮膚に食い込むほどに強く握られている。
押さえられた男爵は、口から唾を飛ばしながら、勝手なことを言った。
「遺言も、後継者の指名もあるかどうかわからない状況で、あんたを殺しても意味がない!」
レイノルドはまだ若い。最初のうちは、自分自身の死後のことについて、考えてもいなかった。
妻が死に続けて、生涯独身になることを考え、ようやく後継者について決めなければならないな、と思い始めたところである。
指名される人間が、別の派閥の人間であってはならない。また、何の対策もとらずにレイノルドが死ねば、領地は国のものとなる。
そのまま他の有力貴族に褒賞として与える場合もあれば、王族が余っていれば公爵として任じることもある。いずれにせよ、厄介な人間がやってくる。
子どもを作らせてはならない。レイノルドの命をまだ奪ってはならない。
花嫁たちが殺された理由は、くだらなかった。
レイノルドが貴族たちと和解し、特に若年層や女性たちの支持を得られるようになって、彼の妻を殺して、侯爵領を自分たちの思い通りにしようとしていた集団は、分離した。
当初の目的である下級貴族の地位が向上したのだから、これ以上は意味がないとする一派と、あくまでもマージュ侯爵領乗っ取りを主張する一派のふたつで、前者が多数派であった。
男爵の口ぶりからは、彼自身はハト派であり、今日ミュートたちをジェイクが襲ったのは、想定外であったことが伺えた。
お前が勝手なことをしなければ! と怒鳴り散らす男爵の血管が切れる前に、到着した国の憲兵によって彼は連れていかれた。悪態をつく男の姿を見送り、レイノルドは細く長く溜息をついた。尾を引くそれはアンニュイで、凡人であるミュートには、その深い思索はわからない。
レイノルドは、ジェイクを押さえ込む最低限の人間だけを残し、彼の話を聞く。
信頼を寄せていた男にずっと裏切られて、彼は傷ついている。真実を知りたいと思っている。
「ジェイク……」
名前を呼んだきり、彼は黙った。ジェイクも、きまり悪そうに顔ごと視線を逸らし、レイノルドから逃れようとする。どちらも言葉を持たない状態に、ミュートはしびれを切らした。
「ジェイクはさ」
あえて明るい調子で話しかけると、淀んだ目がこちらに向けられる。光を一切宿さず、ミュートを見るその瞳が宿しているのは、憎悪以外の何物でもない。眼鏡の奥の彼の目から視線を外すことなく、ミュートは続けた。
「俺が女だったら、男爵の言うことを聞いたんじゃないかな?」
大きく見開かれたのは、ジェイクの目だけではない。隣に立つレイノルドも、ミュートの発言の意図がわからずに、「どういうことだ?」と、困惑している。
「いいの? 俺がレイノルドに話をしても。これが最後だよ」
七人を殺し、殺人未遂の現行犯として捕縛されたジェイクは、間違いなく極刑に処される。
日本とは違い、人の命が軽いのが、異世界である。簡単な裁判や取り調べ、他に関与している人間がいないかどうかの洗い出しが終わったら、すぐにでも首を刎ねられる。
だから、正真正銘これがラストチャンスだ。彼が自分の口で、レイノルドに自分自身の気持ちを伝えることができるかどうか。
幸い、最低限の人間しかいない。ジェイクを押さえつけているのは武骨な男たちで、噂話をばらまいたりはしない。彼の名誉は守られる。
真実を今ここでつまびらかにしてほしいという祈りにも似た思いが通じたのか、ジェイクは重い口を開いた。
「私が花嫁を殺したのは……もちろん、父の所属する派閥のためではありましたが、本当は、貴族の地位向上なんて、どうでもよかった」
ぽつりぽつりと紡がれる言葉。俯き語られる真実に、ミュートは目を閉じた。本来は、自分なんかが聞いていてはいけない言葉だ。しかし、ミュートはレイノルドの相棒として、すべてを知る権利がある。開き直ってそのまま黙って話を聞く。
「私は……私は、あなたを愛していたのです、レイノルド様。だから、高位貴族の女だというただ一点で、あなたと結ばれる娘たちが憎かった! 殺しても殺したりないほどに」
医師の言葉を思い出した。めった刺し。直接目にしていないミュートでも、想像がつく。強い怨恨による犯行だと判断される事例である。
最も信頼のおける部下であった男の告白を、レイノルドは瞠目して聞く。受け止めることはできないようで、ただ固まっている。
想いを募らせたジェイクは、拘束から逃れようと必死になるが、屈強な男相手に、ひょろ長いだけの男が勝てるはずもない。眠らせなければ、女であってもやすやすとは殺せない、その程度の男だ。
立ち上がることも、愛する男に抱擁をすることも許されない男は、感情をぶつけることしかできない。目を吊り上げ、声を張り上げる様は、彼の父親によく似ていた。指摘すれば、不本意を露わにするだろうことは目に見えていたし、そういう場面でもない。ミュートは黙っていた。
「七人目が死んだとき、あなたはおっしゃいましたよね!? もう結婚はいい、と」
「ジェイク……」
「なのに、どうして! よりにもよってこんな、庶民の男なんかを本気で! 男でもいいなら、私は……私が……」
あなたの隣に並び、支えてさしあげたかった。
女であれば、まだマシだった。七人も殺しておいて、説得力はないが、貴族としての務めを果たさなければならないという方針は、ジェイクの中にも根付いている。
下級貴族との間の溝も埋まり、大団円。あとはしっかりした世継ぎを生み育ててくれれば、我々も安泰だ。
父を始めとした同派閥の人間たちが出した結論は、彼の中の憎悪に蓋をした。
しかし、レイノルドを変えたパートナー……ミュートが同じ男だったため、たがが外れた。
父たちが暗殺の中止を決めても、ジェイクはミュートを殺さなければ、気が済まなかったのだ。
呻くような告白に、嗚咽が混じる。鼻を啜り、喉の奥から地獄のような声を上げる男を、呆然と見つめるしかなかった。
……ジェイクが少し落ち着いたところで、もはや何も語ることがないと脱力しきった彼を立ち上がらせた。憲兵の元へと送り届け、そのまま取り調べや裁判を受けるのだ。
丸まった背中に、ミュートが言ってやれることは何もない。何を言っても、煽りにしかならない。ジェイクが愛したレイノルド。彼が愛しているのは、自分だからだ。
初夜という縛りを自分自身に設けてしまったから、今日まで手を出さなかっただけで、本当はずっと、それこそ出会ったそのときから、彼は自分を殺したいと願っていたのだろう。
――それほどまでに愛しているのなら、ジェイクはもっと早くに言うべきだったんだ。
男同士だからとか、上司と部下だからとか関係なく、最初の花嫁が来る前に。レイノルドはきっと、真剣に考えてくれた。男の嫁なんていう荒唐無稽なミュートのことを受け入れたくらいである。ジェイクとパートナーシップを築くというもしもの世界もありえたのではないか。
想像して、ちくんと胸が痛んだ。でも、気のせいだと思い込むことにした。
現実はミュートがレイノルドの唯一だ。自分の妄想で傷つくのは、馬鹿のやることである。
「ジェイク・フロウス」
連行されるジェイクの後ろ姿に、レイノルドが声をかけた。立ち止まり、肩を揺らすのを見る。
「……お前は、私の優秀な部下であり、そして……友人であったと、そう思っていたよ」
その言葉を聞いた瞬間、ジェイクは声を上げて泣いた。すべてが過去形であった。
レイノルドは、自分の妻を殺した人間を、新たに絆を結んだ男を害する人間を、決して許さない。どれほど親しくしていたとしても、冷たく切り捨てることのできる人間であることを、改めて思い知ったのだろう。
もう、彼らが生きて顔を合わせることはない。
慟哭の声が遠ざかっていくのを聞きながら、ミュートは瞑目した。
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