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教会に世話になっていたから、この国での故人の偲び方というのも、理解はしている。
墓はあるが、死者は現世のすべてとのしがらみを断ち切らなければならないし、そもそも現世のものを受け取ることができないと考えられているから、食べ物のお供えはおろか、献花もない。
でも、ミュートは日本人らしく、墓参りにはせめて花を供えたかった。相手は若い女性なので、なおさら。
レイノルドに相談すると、「君の好きにするといい」と許されたので、華美にならない花束を注文した。菊に似た花もあって、日本の仏花らしいものが出来上がり、満足した。
彼の亡き妻たちは、たった一日でも侯爵家の一員となったことには間違いなく、マージュ家が墓を用意した。霊園はマージュ侯爵領の中でも風光明媚で鳴らした街にあり、レイノルドがわざわざ足を運び、選んだのだという。
湖を臨む丘は見晴らしがよい。キラキラと光る湖面に見惚れるミュートの肩に、レイノルドは手を置いた。
「彼女たちも、ここに連れてきたかったんだ」
教会の教えには反しているがな、と笑うレイノルドに、ミュートも微笑んだ。
風習も文化も技術も何もかも違う場所で生きてきたけれど、彼の感性は、自分ととても近しい。
墓は何もしなくてもきれいに見えたが、掃除をした。草を毟り、墓石を磨く。そんな作業、生まれながらの貴族であるレイノルドはやったことがないだろうから、見ているだけでいいと言ってあったのだが、彼は率先して手伝ってくれた。
きれいになったところで、花を供える。百合の花の強い芳香は、きっと彼女たちのいる死後の国にも届くはずだ。
ミュートは手を合わせ、事の顛末を報告する。訳のわからないまま、自分とは直接関係のない理由で殺された彼女たちの仇を取ったことを最初に。そして、自分なんかがレイノルドの妻の座に収まることを許してほしいと懇願した。
――俺は子どもも産めないし、絶世の美人でもない、ただの平凡なオタク野郎です。それでも、レイノルドのことを愛しているし、あなたたちの分まで幸せにします。だからどうか、見守っていてください。
熱心に祈るミュートに、レイノルドも思うところがあったのだろう。
「みんな。この男が、私の家族になった」
目を開けて、彼の方を見る。まっすぐに墓に向けられた目は、もう眼帯で隠されていない。
呪いなんてなかったのだ。あったのは、醜い人間の欲望、ただそれだけ。呪いなどよりも恐ろしい人間の本性を思い知った今、赤い瞳はただただ美しく、感情を映す生きた宝石でしかない。
レイノルドの手を、そっと握る。ふたりで生きていくのだと、諸先輩方に胸を張って、宣言してみせる。
「あの、俺、絶対にレイノルドにふさわしい人間になってみせますから。だから、見守っていてください」
まだまだただのいちオタクで、貴族の嫁として、子孫繁栄以外の責務を果たせるかというと自信はないが、絶対になってみせると高らかに言いあげたミュートに、覆いかぶさってくる厚い身体。
「もうすでに、君は素晴らしい人間だよ」
「……レイノルドは採点基準が甘いからなぁ」
クス、という笑いが、次第に大きな声に変わっていく。なんだかそこに、女性たちの華やかな笑い声も聞こえた気がした。
「それじゃあ、また来る」
墓石を撫でた彼の手が、ミュートの肩を抱いた。
「今日はどんな物語を聞かせてくれる?」
「そうだなぁ……」
命の危険が去っても、ふたりで身体を繋げる夜があっても、ミュートたちの大切な時間は、変わらない。
千夜一夜物語は終わらない。これから先もハッピーエンドに繋がっていくのだ。
新たな物語はきっと、眠りにつく前だけじゃなく、細やかな日々の幸福にこそ生まれるはずだ。
ミュートはレイノルドとなら、そうした生活を送ることができると、心から信じている。
(了)


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