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「……『豚のまるやキーック!』ブーブーマンの不意打ちによって、悪い奴はみんな、葬られたのでした。めでたしめでたし」
セックスをしなければ、不審死することがない。そう気づけたのは幸いであった。
ミュートはこれ幸い、「回避方法がわかったんなら、俺はお役御免ですね! お疲れ様っした!」と、辞退する気満々であったが、レイノルドは許さなかった。彼だって、子を産める妻をもらった方がいいに決まっているのに。
まぁ、元凶を取り除いてからじゃないと、安心して再婚できまい。家にとって大切な子づくりができないのだから。それまでは、一緒にいてもいいか、と考え直した。
「君の物語を聞くと、とてもよく眠れる」
とは、ミュートを引き留めた彼の弁であったが、実際、レイノルドは隣で眠っていたミュートが少しでも身じろぎすれば、すぐに目を覚ますほど、眠りが浅いし寝つきもよくなかったという。
こんなふうに仲良くやってはいるのだが、あいにくと、ジェイクによる圧力は、日々続いている。
彼はどうしても、ミュートと主人に新婚らしい初夜を迎えてほしくてたまらないらしい。今日も衝立ひとつを隔てた場所で、こちらの動向を窺っている。次第に慣れてしまって、いない者として夜を過ごすこともできるが、翌日はものすごい渋面を作っている。ミュートは彼が苦手だった。
「しかし、ブーブーマンとやらは正義の味方なのに、敵を欺き、不意打ちを食らわせるなんて……」
クックッ、と喉の奥でレイノルドが笑っている。昔話のレパートリーなんてほとんどない。同じ話でも構わないと彼は言ったが、ミュートとしては求められるのならば、面白い話をしたかった。オタクゆえに。
記憶を掘り起こし、昼間のうちにノートにメモをして、物語を考える。何せ、漫画や映画のストーリーすべてを正確に覚えているわけではない。
大まかなキャラクターと話が思い出せたら、あとは脚色を加える。そうやって短い話にまとめ、ベッドの中でレイノルドに披露するのが日課であった。
「正義の味方だって、勝率が高い戦法を取るんだよ」
もちろん、元ネタのアンパンのヒーローはそんなことをしない。正々堂々と敵、というかライバルの悪さを諫め、パンチ一発で吹き飛ばすのだ。
ミュートの口調は、貴族に対するものとしては、非常に砕けたものになっていた。君と私は友人なのだから、と説得されて折れた。毎日毎日、改まった口調で喋るのにも疲れていたので、一度タメ口を使うようになると、もう戻せない。
「じゃあ、今日の話は終わり。さ、寝よ寝よ。おやすみ~」
いそいそと布団を口元まで引き上げたミュートに、レイノルドが話しかけてくる。おやすみと言えばそのまま無言になり、自分も横になる男が、珍しいことである。
「明後日から視察に行く予定があるんだが」
「ん? うん……」
領主専用のシナリオライター兼ナレーターは、日々頭をフル回転させている。イコール、仕事を果たした後は疲れていて、睡眠のことしか考えられない。うとうとしながらも、主人相手にどうにか相槌を打つ。
視察に行くということは、泊まりだろうか。領主なんてふんぞり返って決裁のための署名をするだけだと思っていたが、レイノルドは忙しく働いている。
やれ西の村でもめ事が起きればそれを解決するために奔走するし、東で盗賊が暴れていると知れば、すぐさま私兵を派遣し、被害に遭った土地は自分自身が見舞い、金を出す。
広い領地すべてをひとりで管理はできないため、代官を派遣して仕事をさせているが、問題があればどこへでも行く。フットワークの軽い殿様である。
貴族でもないし、正式な妻でもないミュートは、彼の仕事からは離されている。時間は有り余っていても、政治に興味はないし、レイノルドも手伝えと言ってこないのだから、それでよしとしていた。
「一緒に行かないか?」
だから、そんな風に誘われて、驚き、思わずガバっと身体を起こした。突然の行動に、レイノルドの両目が丸くなる。ベッドの中、ミュートの前でだけは、眼帯もせずに素顔を晒している。窓から差し込む月明りの下で、真っ赤な目が見開かれている。
「……嫌だったか?」
恐る恐る尋ねられ、「いや、そうじゃないけど」と応えるほかなかった。実際、嫌ではないのだ。あまりにも唐突だっただけで。
「いったいどういう風の吹き回しかと思って」
言葉の選び方に失敗した。レイノルドが少し、傷ついた顔をしている。
だって、仕方がないじゃないか。夜、寝室では重宝されて優しくされていると感じるが、昼間は放っておかれている。宙ぶらりんな状態で放置され、嫌味のひとつも言うなという方が、無理がある。
ミュートはレイノルドの目を覗き込む。近くから見ても、薄暗い中で色はあまりわからない。すっかり目がさえてしまったから、ランプに火を入れた方がいいのではないか。実行しようとベッドから出かけた腕を、レイノルドに捕まれた。
振り返ると、彼の目がギラギラと燃えている気がして、ぞくっとした。これは夜の空気の冷えによるものではない。
「灯りをつけようかと思って」
「必要ない」
きっぱりと言われたので、すごすごと戻った。ベッドに入った途端、レイノルドに抱き込まれる。大男に抱擁されるのは、やはり落ち着かない。わざと、「ぐぇ」と、苦しみに潰れた声を上げ、彼の腕を緩めることに成功する。
抱き枕になることは甘んじて受け入れ、ミュートは再び訪れる眠気を待ちながら、レイノルドの話を聞く。
「君はその、とても素敵な人間だから。私ひとりが独占するのはもったいない気がして」
「いろんな人に会わせたいってこと?」
そうだ、と頷くレイノルドに、ふーん、とミュートは考える。
人付き合いは面倒だが、苦手とまでは言わない。ごく一般的な社会人としてのスキルは身に着いていると思う。つまり、興味のない会話も「すごいですねえ」と愛想笑いをして褒めそやす技術であったり、何か嫌なことを言われても受け流す方法であったりだ。
レイノルドにも当然のように備わっている、とはあまり思えなかった。ジェイクとのやり取りを見ても思うことだが、下の人間に対して、少し高圧的になるところが彼にはある。そういう自身の癖を自覚し、潤滑油としての役割をミュートに求めているのなら、衣食住を保証してくれて、さらにケツが無事であることへの感謝を込めて、同道してもよいか、と思った。
「いいよ。一緒に行っても」
まどろみながらの返事に、レイノルドは「本当か!?」と、興奮を抑えきれない様子で念押しをしてくる。ちょっと面倒だなぁ、と思いつつ、「うんうん。オタク、嘘つかない……」と適当にあしらっていたら、いつしか眠りについていたミュートであった。
ミュートが住んでいた村は、マージュ侯爵領の中でも直轄地、つまり直接レイノルドが治めている土地で、定期的に彼がやってくるため、道も整備されていたのだと知ったのは、車上の人になってすぐのことだった。
「うっ、うう……」
向かっている土地は、侯爵領の中でもはずれのはずれ。侯爵領は王国有数の穀倉地帯を含み、非常に広い。おそらく、国で一番だ。
領内で一番栄えている、レイノルドのお膝元から次の都市までは、元気だった。だが、領地の外れに向かうにつれて、悪路になっていく。電車移動がメインの日本人だ。ミュートはまだ、馬車に慣れない。一生慣れる気がしない。青い顔をして揺られていると、向かい側に座ったレイノルドが心配そうに声をかけてくる。
「酔い止めの薬はいるか?」
せっかくの申し出だが、ミュートは首を横に振る。好意を無下にしたいわけじゃない。
「たぶん……効かないから」
それだけ伝えるのが、精いっぱいだった。
異世界人だからなのか、それともミュートだけの事情なのか、この世界の薬のほとんどは、ミュートには効かない。
気づいたのは、腹を壊したときだった。処方された薬を飲んでも、下痢と嘔吐が止まらない。あのときは、脱水症状で本当に死ぬかと思った。
困った体質に興味を抱いた医者とあれこれ試して、効果のあった薬も、もちろん存在する。そのリストに、酔い止めはない。というか、実験してみようと思いつくこともなかった。田舎では、馬車に乗ることはほとんどない。
今後もレイノルドにくっついて視察に回るのなら、彼のかかりつけの医者に相談して、薬探しをしなければならないだろう。
……という事情を、ミュートは話せなかった。長く話すと、その間に口から出してはいけないものが出てきそうだった。
「……」
沈黙の下りる馬車の中、レイノルドの顔を見ることすらできず、ミュートは目を閉じた。
休み休みだったので、ようやくたどり着いたときには、日が暮れようとしていた。レイノルドの手を借りて、馬車から下りる。
外の空気を吸って吐いて、ようやく人心地ついたミュートは、「ここは?」と、レイノルドに尋ねた。
「ロイカナの街だ。この辺りでは最も大きく、代官屋敷もある」
これで一番大きいのか、とミュートは思った。どうも、マージュ侯爵邸に滞在するようになってから、感覚が狂ってしまった。
ロイカナは、ミュートがいた村よりは少し都会だが、レガーロには遠く及ばない。
「もう遅い。代官屋敷には先に伝達をしているから、今日は休もう」
「でも、それじゃ抜き打ちにならないんじゃ?」
レイノルドは、にたりと笑った。眼帯というワイルドなアイテムと相まって、それが非常に様になっている。
本質は優しい人だが、不正を働く者には容赦ないということは、すでに判明していた。言い訳のひとつすら聞き入れずクビを言い渡す、即断即決の領主である。
「一日足らずで私の目をごまかせるとしたら、それは天才の所業だよ」
圧倒的な自信に満ち溢れたオーラが眩しく、ミュートはパチパチと瞬きをした。
彼の言う通り、屋敷にいた代官は、大汗をかいている。たぶん、領主の到着を知り、慌てて書類のチェックをしていたのだろう。
「すまないな、急に。食事は外で済ませてくるから、その間に寝床だけ用意しておいてくれ」
あくまでも柔和な言い方であるが、そこには「ご機嫌を取ろうとしたって、そうはいかないぞ」という言外の圧が含まれている。実際代官は、青い顔で項垂れた。
なんだかちょっとかわいそうな気もする。事情によったら、自分が助け舟を出してやってもいいかもしれない。
ほら、一応、彼は夫だし?
視察に連れてきてくれるということはきっと、自分に少しは政治に興味を持ってもらいたかったのだろう。話を聞くくらいは、してくれるかもしれない。
通された部屋に荷物を置き、一休みしてミュートの顔色がすっかりもとに戻り、食欲が出てきたところで、外に食べに行くことになった。
すでに領主がやってきたことは街じゅうの噂になっているようだ。いくつかある飲食店の呼び込み合戦がすごい。レイノルドは彼らを見向きもせずに、ミュートに向かって、「何が食べたい?」と、尋ねた。
なんでもいい、はきっとダメなんだろうなあ。
うーん、と考えて、
「今日は体調もまだ不安だし、温かくて野菜がたっぷり使われた、消化にいいものが食べたい」
と伝えると、肉料理が名物の親父はすごすごと勝負から撤退した。選ばれたのは、野菜のスープと美味しいパンを謳う女将の店であった。
「レイノルドは、好きなの食べていいのに」
飽食の日本から、教会の質素倹約な食事に順応したミュートには見慣れた、肉は切れ端が浮いているだけのスープを啜る。味はいいが、レイノルドには物足りないのではないか。追加注文を促すと、彼は首を横に振った。
「私だけが贅沢をするつもりはない」
メニュー表を見たが、贅沢と言えるような金額ではなかった。今いる客全員に奢ったところで、レイノルドの懐は痛まないだろう。それでも頑なに彼は拒み、「君が食べたいなら注文しよう」という話になってしまう。
「いや俺は、あんまり食べられないから」
パンだって一番小さくて柔らかいものをひとつだけ、スープに浸して柔らかくして、ようやく食べる気になるくらいである。食欲はまだ戻っていない。
「なら、私も不要だ」
領主が食べるには粗末すぎて、周りの客の目がミュートには気になったが、レイノルドの性格か、はたまた国民性の違いによるものなのか、当の本人はまるで気にならない様子で、「女将。このスープのおかわりをもらえるか?」と頼んでいた。
――やっぱり足りないんじゃん。意地張らずに頼めばいいのに。
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