歌ってマスール(10)

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ライト文芸

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(9)

 いよいよ修学旅行二日前。望美は実家から持ってきたスーツケースに荷造りをしていた。 公立高校だと、旅行中は私服のため、荷物も多くなりがちだが、望美たちの学校は、外にいるときも学園生らしく節度を持った行動を取るようにと、制服の着用を義務づけられている。

 それでも、なんだかんだと女子は荷物が多くなりがちだ。中途半端に放ってある菜々のスーツケースは、望美のものの倍くらいあって、海外旅行にでも行くのかというレベルだった。

 銀行から下ろしてきた紙幣を、いくつかの財布に分けた。小遣いの上限は決められているが、そんなのあってないようなもの。普段倹約家の望美も、多めに用意していた。

「なんか、浮かれてる?」

 カフェオレの紙パックを片手に部屋に戻ってきた菜々が、そう指摘した。

 彼女は、望美に最も近い場所で過ごしている。修学旅行なんて行きたくないという顔をしているのを見られているから、ドキッとした。

 何でもない顔をして、「直前になれば、楽しむしかないって開き直りもするよ」などと言えば、ふーん、と興味なさそうに振る舞う。

 安堵したのも束の間、彼女はさらに会話を続ける。

「修学旅行、愛理と一緒の班なんだって?」

 同室者であっても、友人ではない。そんな微妙な関係である菜々とは、これまで自由行動の過ごし方について語り合うことはなかった。おそらく、愛理に聞いた……いや、聞かされたのだろう。

 人類皆友達、と思っている節のある愛理のことだ。菜々と望美が、寮の食堂などで一切喋っていないのを見て、余計なお節介を焼いたのだ。

「まぁ、うん」

 同じ班でも、行動をともにするわけじゃない。香川たちは、愛理には何も話していない。愛理は修学旅行が楽しみで仕方がないと、屈託がない。

 望美に単独行動をさせるという計画が彼女にばれたら、泣いて怒るに違いない。

 いい子、なのだ。

「あたし、あの子きらーい」

 明け透けに言い放った菜々に、望美はついていけなかった。きょとんとした顔で見られていることに気がついた彼女は、肩をすくめた。

「だっていい子過ぎるしさ」

 いい子過ぎる。なるほど確かに、漫画の主人公めいている。でも、「いい子」という形容なら。

「私も、同じじゃない?」

 校則や寮則を破るなどもとより考えていない、成績優秀な優等生という言葉は、自分にも当てはまると思うのだ。同室というだけの関係性、友人ですらない。彼女は自分のことも嫌いで、それを遠回しに伝えてきているのか。

 そんな望美の内心の動揺が顔に出ていたのだろう。菜々は、ぷっ、と噴き出して、それから言った。

「いや、吉村さんが見た目どおりのいい子ちゃんじゃないってことは、知ってるからさ」

 母や祖父母のために「いい子」であろうとしている望美にとっては、彼女の言葉は衝撃的だった。いい子に見えない? はっ、と思い当たったのは、机の引き出しに入ったタバコだった。

 まさかアレを、見られたのだろうか。

 冷や汗が止まらない。こちらから「見た?」と尋ねるのは危険だ。やぶ蛇になってしまう。

 青い顔をして黙りこくった望美に、菜々はにやにやと笑いかける。

「男の人と、LINE、してるじゃん?」

 なんだ、そっちか。

 これまでも何度か、誠とのやりとりに夢中になって、背後への警戒が疎かになることがあった。見られる度、顔を見せろと言ってくることに、辟易としていた。

「ねえ、いい加減にどんな人なのか教えてよ」

 何がいい加減、なのか。好きな人の話、恋の話を、ほとんど交流のない同室者であってもはしゃいで話ができるような人間じゃない。 

最終的にスマホを奪い取ろうとまでしてくる菜々をどうにか躱したが、その拍子に取り落とす。しかも、タイミング悪く誠からのメッセージを着信した。

「あっ」

 画面に表示されるのは、彼と会う日の待ち合わせ場所と時間の確認だ。

 すぐに拾い上げたから一瞬のことだったが、菜々は目ざとい。すっと顔色を変え、

「何、いまの。あんたまさか、旅行中に会う約束してんの? 親戚じゃないんだよね?」

 質問責めに抗弁する口を持たない望美は、無言を通すしかない。

 ぎゃあぎゃあと菜々はうるさく、次第に望美の堪忍袋がむくむくと膨れ上がって、緒が切れそうになる。

「どうだっていいでしょ。粟屋さんには、関係ない」

 我ながら、嫌な言い方だ。突き放し、拒絶する。

 明確な拒絶にも、菜々は怯まない。

 目を逸らした方が負け。野生のクマとの遭遇時みたいになってきたが、そのくらいの覚悟をもって、望美はそれ以上の詮索を拒否する。

 先に気を抜いたのは、菜々だった。

「もう知らない。好きにすれば?」

 あーあ、とわざとらしく呟かれる、独り言

「吉村さんも愛理のこと苦手だと思ったから、うちの班に入れてあげようと思ったのに」

 愛理が苦手ということだけは、図星だった。劣等感が刺激されるからなんて理由、誰にも言えない。

「余計なお世話」

 菜々の視線が突き刺さるのを感じたが、気づかないフリをした。

 そちらが独り言なら、こちらも独り言だ。

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