歌ってマスール(11)

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ライト文芸

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 出発当日、なぜか空港に鏡花がいた。

 尋ねる相手がおらず、愛理に聞いてみれば、

「スール和泉も、たまたま研修で東京に行くんだって」

 とのこと。修学旅行の一団は、そのまま飛行機を乗り継いで広島へと向かうから、羽田でお別れである。

 それにしても、飛行機の中も修道服なんだな、と当たり前のことを思った。交通機関がそこまで発達していない、車社会の函館市だ。マスールだって、あの格好のままで自動車や原付バイクを運転しているのが、学校付近ではよく見られる。

 望美と鏡花は、一度も目が合わなかった。見ていると、菜々が彼女に近づいていって、何事かを打ち明けていた。珍しく真剣な顔で、鏡花は彼女の話に真面目に相づちを打っている。

 何か相談事かな。

 寮母のマスールは、もうかなりの年寄りだ。年の近い同性にしか話したくない悩みごともある。でも、この修学旅行出発直前の空港で何を。

「吉村さん? スール和泉に、何か用でもあるの?」

 愛理の問いかけには、ううん、と首を横に振って、ふたりから目を離した。

 再び目を向けたときには、菜々はもう自分のクラスの列に戻っており、鏡花はトイレにでも行ったのか、その場にいなかった。

 修学旅行そのものは、いたって順調だった。京都ではおとなしく班行動の一番後ろをついていった。愛理は時折会話を振ったが、あとのふたりは知らんぷりだ。

 神社仏閣の見学をしても、土産物屋を冷やかしても、望美はどの時間も孤独だった。旅館でも、望美は早々に寝たふりを決め込む。自分が聞いていないと方が、おしゃべりも盛り上がるだろう。

 四日目の東京自由行動までの辛抱だと言い聞かせ、望美は修学旅行を楽しむことを諦めた。

 いよいよ四日目だ。

 メンバーは、田辺の先導で原宿で買い物を楽しむ予定だという。また、意外とKポップ趣味の香川が、新大久保も行きたいと、そわそわしていた。

 山手線の電車の中、望美は「お腹が痛い」と言い出した。あまりの棒読みっぷりに、離脱を強要したふたりは顔を引きつらせている。そういう彼女たちだって、望美にかける「大丈夫?」は、白々しいにもほどがあったが。 

 何も知らされていない愛理だけは、真剣な顔で望美を支えようとした。ちょっと悪いことをしている気になる。いい子ちゃんと菜々は言ったが、本当に、いい子なのだ。

 パーソナルスペースとか、踏み込んできてほしくないとか、あなたのことが苦手なのだというサインにまるで気づかない以外は。

「ホテルに戻る?」

 ともすれば、一緒に送り届けると言い出しそうな愛理に、望美は慌てて言った。

「ひとりで戻れるから。青木さんたちは、楽しんで来てよ。次の駅でいったん下りて、ちょっと休んでから戻るね」

「でも」

 班長である愛理は、望美と田辺たちを交互に見る。

「ほら、着くから、じゃあね」

 望美が下りようとしたとき、さりげなく背中を押してきたのは、田辺だったのか、それとも香川だったのか。

「あ……」

 望美が下車してすぐに、ドアは閉まる。ガラス越しに気遣わしげな目を向けてくる愛理に、望美は微笑み、手を振った。

 電車がすっかり見えなくなってから、望美は立ち上がる。

 逆方向のホームへ向かい、ちょうどやってきた電車に乗る。それからスマホを取り出して、誠に連絡。

『今、向かってます』

 既読になったが、返事はない。特に急ぐこともないので、追撃はしなかった。

 誠が指定してきたのは、山手線五反田駅だった。東京の地理に詳しくない望美は、そこに何があるのか知らない。

 慣れない電車に揺られること、十分弱。目的の駅に辿り着いた。中央改札に向かう。別の鉄道会社の乗り換え口に行かないように注意だけすればいい。

 待ち合わせは商業施設の前。キョロキョロと所在なく辺りを窺う女子高生は、さぞ目立つだろうと思いきや、都会の人間はあまり気にならないらしい。みんな、スマホを見ながら通り過ぎていく。

 望美が辿り着いてから三分後、「望美ちゃん!」と、声をかけられた。

「誠さん!」

 近寄って行った望美に、誠はかけていたサングラスを外して、爽やかに微笑んだ。

「ようこそ東京へ、望美ちゃん」

 直接顔を合わせ、肉声を聞くのは兄の葬儀以来だ。その甘い表情、優しい声に、修学旅行に来てからピリピリと尖らせていた神経が緩んでいくのだった。

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