ねじれの憧れ

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短編小説

「……新入生代表――」

 高校一年、入学式の主役といっても、それは入試の成績が一番で、挨拶を任された子だけだ。

 自分で考えたのではないだろう(ついこの間まで同じ中学生だったのだから、「ごべんたつ」なんて言葉、人生で初めて使ったに違いない)、誰かに与えられた文章を読むだけの役。何が誇らしいのかと思うけれど、檀上で来賓に向けて一礼をして戻ってくる同級生の顔は、自信に満ち溢れていた。羨ましいことである。

 こちらはといえば、一時間前にやったリハーサルとまったく同じ動きをさせられ、しかも興味のない長話を黙って聞かなければならない。校長、PTA会長、それから生徒会長、とどめに今しがた終わった、新入生代表の挨拶である。代弁なんていらない、とひねたことを思いながらぼんやりしていると、「新入生、起立」の号令を司会が発した。

「この学園の生徒になるからには」などと言われて、練習では何度もやり直しをさせられた。女の園は軍隊と変わりない。集中力を切らしていた生徒は意外と少なく、私はワンテンポずれて立ち上がった。

 それはまったくの偶然であったのだけれど、前の席の子がほぼ同じタイミングで立った。妙な符丁に面白さを感じていると、礼も遅れた。そして目の前の後ろ姿も。ああ、この子の名前はなんだっただろうか。教室にいた時間が短すぎて、まったく覚えていない。

 入学式が終わり、教室へ。黒板に貼られた座席表の名前をさりげなく確認する。真中まなか……藍璃あいり、だろうか。安田やすだ加奈かなという平凡そのものの名前の私と違って、俳優の芸名みたいだ。

 担任教師は、親の控室に挨拶に行っていて、しばしの自由時間だ。この学校は中学が併設されていて、廊下側で大きな声で喋っているのは、内部進学組だ。私の周囲は、藍璃も含めて同中の人間がおらず、なんとなくよそよそしい雰囲気が漂っている。

 口火を切ったのは、藍璃だった。

「入学式、疲れたね。なんか、聖歌とか聖書とか、フツーの公立校だったら絶対にないからびっくりした」

 彼女の隣の席の子、それから前の席の子が振り向いて、「わかるぅ」と言った。表情が明るいものったのは、クラスメイトと仲良くしたいけれど、会話のきっかけがなくてやきもきしていたところに、話しかけられたからだろう。

 いいなあ、と思った。私は藍璃の後ろの席なので、どうしても自分から話しかけなければならない。担任が戻ってくるのをぼんやりと待っている素振りで、耳は藍璃を中心とした会話を拾うことに集中していた。

 出身中学のこと、実は藍璃は「あいり」ではなく、「らぴす」と読むキラキラネームだということ。だから呼ぶときは苗字で読んでほしいとのこと。

 どうしてだろう。「まなからぴす」なんて、ますます芸能人みたいでステキなのに。「わかった」と納得した様子の他の子たちが、藍璃のことを「真中さん」と呼んだとしても、私は「らぴすちゃん」って呼んであげたいと切に願った。

 何でもないような顔をして、会話を盛り上げているが、後ろの席の私には、実は彼女が緊張していることがまるわかりだ。ショートヘアの彼女のうなじは、白日のもとに晒されている。ほんのりとピンク色を帯びた肌が、そこだけ真っ赤になっていることに気がついているのは、私だけだ。

 担任が入ってきたところで、隣と前の座席の子は、慌てて姿勢を正した。彼女たちの視線が外れた途端、ピンと伸びていた藍璃の背が安堵にやや丸くなる。赤くなった首には汗すら滲んでいて、私は無意識に、手を伸ばして触れようとしていた。

 背後からの妙な圧を感じたのか、彼女は急に振り返った。驚いて引っ込めたけれど、中途半端な位置にある私の手を見つめる藍璃。あー、と私は指を動かして、「制服に、埃がついていたから」と、嘘をついた。

「え? どこどこ?」

「そこ、静かにしてください」

 担任の叱責は、まだ入学一日目ということでどこか牧歌的であった。私は嘘を誠にするために、セーラー服の背中を払ってあげた。

 その瞬間、溜まっていた汗が、首筋をつぅ、と流れ落ちていく。

 彼女の動向は、前の席だから意識せずとも目に入る。だが、私はしっかりと、自分の意志で真中藍璃という少女を注視している。

 そして気づいたこと。彼女と私の間には、かなりの共通点がある。

 例えば、ファストフード店やコンビニで、絶対に頼んでしまうメニューだとか。焦ってごまかそうとするときには必ず、耳にかけているサイドの髪を指でくるくると巻き取りながら、うまい言い訳がないか考える癖だったりとか。

 入学式の後に、周りの子と一生懸命にコミュニケーションを取っていたのだって、本当は人見知りで緊張していたのだと、後から聞いた。みんな緊張して、お互い窺うような目をきょろきょろさせていたから、頑張っちゃったんだ、と。

 自分が苦手なことであっても、誰かのために一歩踏み出せる彼女の心の在り方は、素晴らしいと思った。私だったらとてもじゃないが初対面の子に、自分から話しかけるなどできない。実際、今も藍璃が話を振ったとき、もそもそと応えることしかできないでいるのだから。

 藍璃みたいに、なりたい。憧れの気持ちが募る。同級生の女の子相手に馬鹿みたいだと思うかもしれない。

 もしも藍璃が、SNSでいいねをもらいまくるインフルエンサーだったり、登録者数数十万人の動画クリエイターだったり、アイドルだったら、いいなあ可愛いなあ素敵だなあと思うことはあっても、「なりたい」と望むことはなかった。高望みすぎる。

 でも、藍璃は美少女じゃない。私と同じくらい、普通の高校生。好きなものや癖が被っていて、身近な目標として、手の届く範囲だ。彼女に近づきたい、あわよくば、同じになりたい。そう思って行動をしても、痛いと思われない。

 気配を消して、黙って観察をするのは得意だ。根暗な私には、誰も好き好んで話しかけてはこない。ああ、こういう自分を変えたい。藍璃みたいに強くなりたい。

 なので、私は髪を切った。藍璃の写真を隠し撮りするのは無理だったから、彼女と同じくらいの長さの子の写真をSNSで探して、「これは」と思うものをスマホに保存した。長く伸びるに任せっぱなしで、母親に「そろそろ美容院に行きなさい」とせっつかれて渋々腰を上げる私に、担当の美容師なるものはいない。いつだって初対面、ぶっつけ本番の相手に施術をしてもらう。

「こんなに伸ばしたのに、もったいない」「ヘアードネーションするとかじゃないの?」と、うるさい美容師を無視して、私は鏡の中の自分が藍璃に近づいていくのを見守った。チャラチャラした髭面の美容師は、諦めて黙々とハサミを動かしていく。

 なんとか満足のいく長さになり、私は翌日、意気揚々と学校へ行った。

「おはよ……えっと」

「おはよう」

 朝の挨拶をもにょもにょと濁した子は、私が窓際の自分の席に向かったところで、一緒にいた友達に「あれ、誰だっけ」と耳打ちをしていた。

 四月。高校生活が始まったばかりで髪型を変えるのは、悪手だったかもしれない。イメージが定着する前のイメチェンは、逆効果だ。

 でも私は、クラスメイトに覚えられることよりも、藍璃に近づくことを優先したのだ。悔いはない。

 案の定、登校してきた彼女は私の髪型を見て、目を丸くした。

「え。どうしたの、安田さん。昨日までこんくらいあったよね?」

 自分の腰の辺りを指した藍璃は、自分が「おはよう」すら言っていないことに、気がついていなかった。私は率先して「おはよう、らぴすちゃん」と言った。名前を呼ばれたことに、ますます彼女の目が丸くなる。

「らぴすちゃんのショートヘア、可愛いなと思って。ばっさり切っちゃった」

 髪を耳にかけて、ヘアピンで留めるのも同じだ。顔は似ても似つかないが、ぱっと見の印象は、双子に見えるだろう。中身を真似するのは難しいから、まずは外見から。我ながら、いい考えだと思う。

「ねえ。らぴすちゃんは、バレーボール部なんだよね?」

「う、うん」

「初めてでも大丈夫かな? うちの学校、そんなに強くないとは聞いてるけど。私、中学でも運動部に入ってなかったんだけど、高校ではぜひ運動部に入りたいと思ったの」

 笑顔も藍璃を真似た。笑うと右の頬にえくぼができるのが可愛くて、鏡の前で一生懸命に練習した。ちょっといびつな表情になったけれど、目的の窪みははっきりと頬に刻まれたので満足だ。

 藍璃は反応しなかった。もしかして、私の声量と早口で、聞き取れなかった? ゆっくりはっきり大きな声で、が基本なのはわかっていても、同世代と会話の練習をする機会はなく、そのままだった。まあ、これから藍璃と話をする中で、うまくなっていけばいい。

 もう一度同じことを言おうと口を開きかけると、藍璃は笑って首を傾げた。

「あー……っと。初心者は募集してないみたい。ほら、ここって中学校が併設されてるでしょ? 中学生なら初心者OKなんだけど、高校生はそこからの持ち上がりの生徒が多いから、経験者のみなんだって」

「そう」

 ちょっと残念だった。バレーボールのルールもちゃんとわかっていない素人だから、入部は難しそうだ。

「あ、マネージャーは?」

「それも間に合ってるって……それよりさ、らぴすって呼ぶの、やめてくれない? 嫌いなんだ、自分の名前」

 冗談っぽく目を瞑り、身振り手振りまで交えてのお願いだった。本気とはとても思えない。私がこの子のことを「らぴすちゃん」って呼ばなかったら、卒業した後に彼女の名前を誰も覚えていない、なんてことになりかねない。それはかわいそうだ。

「可愛い名前だから、らぴすちゃんって呼びたいの」

「え?」

 今度こそ聞き取れなかったのだろう。藍璃は聞き返したけれど、私は何も言わずに、ぷいと窓の外を見た。桜はとうに終わっていて、若葉の青さが眩しかった。

 なんだか私ばかりが藍璃のことを気にかけているようだが、実際は彼女の方も、私にだけ、何か心の繋がりのようなものを感じてくれているに違いない。

 皆で楽しく喋っているとき、ふいに彼女が黙り込む瞬間がある。普段は率先して話題を提供し、場を回そうと奮闘している藍璃だが、沈黙するとふっとその影が儚く消えてなくなりそうになる。透明になるのは私の得意技で、透明人間には同じ透明人間のことがよく見えるのだ。

 彼女が黙りこくるとき、それは誰かが親について話をするときだ。

 昨日の晩ご飯に、オレンジジュースで炊いたピラフが出て美味しくなかったとか、それでも父親は完食しただとか、結婚記念日なのを忘れて飲み会に行った父が、思い出して慌てて花束を買って帰ってきたら、母もきれいさっぱり忘れていて、「何で?」って首を傾げていた話。他愛のない笑い話を、藍璃はいつも聞くばかりだ。

「ちょっとトイレ行くね」

 他の子たちは私も行く、とはならずに「行ってらっしゃい」と送り出す。高校生にもなれば、トイレに一緒に行くことが友情の証ではないと知っている。

私は少し遅れて、音もなく立ち上がり、藍璃の後ろについてトイレへと向かった。

 案の定、彼女は用を足したいわけではなかった。洗面台で鏡に向かって、ふぅ、と息を吐き出すのを見る。

「らぴすちゃん」

 声をかけると、びくっ、と弾かれたようにこちらを見る。声の主が私だということに安堵して、「なんだ。安田さんか」と、息を吐き出した。

「なんだか元気ないけど、大丈夫?」

「あ~……うん。ちょっとね」

 ほら、こうやって弱音を吐くのは私の前でだけだ。シンパシーを感じているから。ちょっとずつ、彼女に近づけているのが嬉しい。

「もしかして、お父さんやお母さんと上手くいってないの?」

 一歩踏み込む。体の距離を詰め、心にも。

 藍璃は薄ら笑いを浮かべて、「なんでそう思うの?」と私が近づいたのと同じ分だけ距離を取ろうとする。

 心地の良い距離感というのは、人によって違うものだ。私は藍璃となら、ぎゅっと密着して、いっそのこと溶けて同化してしまっても構わないのだけれど、彼女はそうではない。追い詰めることをよしとはせずに、私はその場所に留まった。

「周りが親の話をしているとき、いつもと雰囲気が違うから」

 私の答えに、彼女は「おや」と、緊張を解いた。

 誰も、下手をすると藍璃本人すら気がついていなかった事実に、私だけが辿り着いていた。

 観察は得意なのだ。皆の前で話に割り込んでいったりすることは無理でも、見て理解することはできる。そう、「理解」だ。藍璃のようになるためには、まず、彼女を理解することが大切なのだ。

 言葉にしない彼女の悩みを、私だけが気づいて、話を促すことができる。

「安田さんって、実はすごい人なんだね」

「そんなことは……」

「ううん。先生も友達も、誰も気づかないことに気づくなんて、すごいよ」

 言って、彼女がぽつりぽつりと話し始めたのは、案の定、両親の不仲についての悩みだった。

 ひとりっ子の藍璃。でも父は、昔から下に兄弟をつくってやりたかった。幼い藍璃自身が、周りの友達の兄弟事情を知るにつけてねだったのかもしれないし、いわゆる「一姫二太郎」という古い考えに囚われているのかもしれない。

 とにかく、二人目の妊娠を望む父親に対し、母は藍璃ひとりでいいと主張した。妊娠、出産で苦しい思いをする女にしかわからない。もう二度と経験したくないと思っても仕方がない。

それに、子どもを育てるのには、想像以上に金がかかる。こうして藍璃が私立の高校に通わせてもらえるのは、結局ひとりっ子だからだ。私の家も似たような環境なので、よくわかる。

 うちの両親は、ふたりで話し合って子どもはひとりと決めたが、藍璃の両親は意見が異なっている。今、彼女の母が何歳なのかは聞いたことがない。娘に「藍璃」と名付けるセンスから、結構若いんじゃないかと思うけど、どうだろう。

 医療は進歩しているから、たとえ高齢出産だって昔ほど危険ではないのかもしれない。それでも藍璃を産んだとき以上に気を遣うことは多いだろうし、何よりも彼女を育てたときよりも、確実に身体は衰えている。

 産みたくないという気持ちも、様々なことが未経験ながら、そこはやっぱり同じ女なので、想像できる。

「それで、物心ついてからずっとギスギスしてんの、うち。お父さんは『弟や妹が欲しいよな?』って聞いてくるし、お母さんは『あなたはお母さんのたったひとりのお姫様だからね』って言う。板挟みで辛いっていう気持ちをわかってくれない」

 子はかすがいだと言う。でも、子どもが自分でその役割を演じようとするのは違う。

「苦しいね、らぴすちゃん」

 顔をくしゃりと歪ませる。彼女の肩に触れると、一瞬びくりと跳ねて、拒絶しようとする。それでも私は離さない。そして諦めて、藍璃は私の抱擁を受け入れる。泣いているのかもしれない彼女を抱きしめながら、天を仰いだ。

 私は藍璃を理解できても、その苦しみを共有できない。彼女の苦悩を真に体験しなければ、近づくことはできない。平行線ではないけれど、私と藍璃との間にはまだ、距離がある。

 近づいて、交わって。そしてようやく、私は藍璃になれる。

 手始めに、父のスーツのポケットにピアスを片方だけ突っ込んだ。

 もともと持っていたものではない。うちの学校は、ピアスの類は一切禁止だ。若い女性が好みそうなデザインを知ることはできなかった。

 店員に相談するのも、しどろもどろになりそうでできなかった。ぱっと見の印象だけで買ったのは、小さなリボンの形をしたシルバーの土台に、キラキラとダイヤモンドを模したラインストーンがついているもの。

 これは十代から二十代にしかつけられないだろう。若ければ若いほどいい。

 三十代・部下と関係するよりも、未成年・学生ないしフリーターの方が気持ち悪くていい感じだ。

 それから口紅を買った。これも何色がいいのかわからなくて、とりあえず目立てばいいと、真っ赤なのを選んだ。

 唇に塗って、脱ぎ散らかされた父のワイシャツにつける。どこにつけるのが効果的か、考える暇はない。適当に襟元につけておけばいいか。

 やや薄いな、と感じたのでぐりぐりと擦りつけた。加齢臭とはこのことか、父親のワイシャツに何をしているんだか。我に返ると死にたくなりそうなので、正気は失ったまま。

 藍璃の家では、いよいよ離婚の話が出ているという。他の子には家族問題について一切こぼしていないから、私しか話す相手がいなくて、そういう深刻な話もぽつぽつしてくれるようになった。嬉しかった。同時に、焦燥が募った。

 彼女が片親家庭になるのなら、うちもそうなりたい。そうなるべきだ。じゃないと、近づいたはずの藍璃と、また離れてしまう。

 逆に、同時期に親が離婚して、親ひとり子ひとり。痛みを共有することができれば、ぐっと近づける。

 しかし残念なことに、うちの両親の仲は良好だ。

 専業主婦の母は、帰宅した父のジャケットを受け取り、丁寧にブラッシングをしてからハンガーにかける。さながらサザエさんの世界だ。

 そのときに、ポケットの中のゴミも出すからピアスに気がつかないはずがない。口紅の痕も、目立つ場所だ。

 なのに、母は何事もなかったかのように過ごしている。そわそわしているのは私だけ、私の知らないうちに、極秘裏に処理されたのか。

 いや、そうだとしても家庭内の空気は変わるだろう。「おかわり」と茶碗を差し出す父もいつも通りだ。受け取る母にも、ギスギスした雰囲気はない。

 ダメ押しで、もう一回キスマークをつけるべきかとシャツを漁っているところを、母に見つかった。真っ赤な唇のまま、リビングへと連行された。風呂上がりの晩酌に勤しもうとしていた父は、娘の顔を見て、目を丸くする。

 そのまま詰問され、説教され、私はあらいざらい白状する羽目になった。両親の仲を引き裂こうとした理由を、最初は濁した。お父さんのことが嫌いだからとか、そういうとってつけた理由。

 けれど母は「正直に言いなさい」と、信じてくれなかった。それはそうだ。決行前日まで、疲れたと首をボキボキ鳴らす父のマッサージを、自ら率先して行っていたくらいなのだから。

 何度かの押し問答、何時間もの沈黙を保ち、根負けして私が真相を語るも、両親は信じてくれなかった。

「らぴすちゃんと同じになりたかった」

 という、私にとっては当たり前の動機を理解してくれず、「その子が加奈のことを妬んで、うちの家族を崩壊させようとしている!」と解釈した親は、彼女の親に連絡をした。

 冷え切っていると藍璃は言っていたけれど、彼女の両親はふたり揃って話し合いの場に現れた。

 私はその場でも、淡々と事実だけを話した。私はらぴすちゃんに憧れている。アイドルになりたいと思うよりも、現実的で健全でしょう? 少しでも近づきたくて、いろんなことを真似した。

 最初は髪型、数学が苦手だと知ったから、テストのときに手を抜いて、同じくらいの点数になるようにした。らぴすちゃんのお父さんとお母さんが離婚するかもしれないと知って、うちの両親も不仲にしたらもっと近づけると思った――……。

 絶句した大人たちとは対照的に、藍璃は感情を爆発させた。泣き喚く言葉は不明瞭で、自分と同じ辛い道を進んで同行しようという私に、驚喜しているのかと思った。けれど、よくよく聞いてみると、違った。

 藍璃の気持ちを考えない、自分勝手な親よりも、私の方が彼女の気持ちに寄り添える。肩を震わせて泣いている彼女を宥めるべく立ち上がり、近づいて背中に触れようとした。

「らぴすちゃん……」

「ほんと、気持ち悪い!」

 触らないで、と強く振り払う。彼女が私を見る目には、強い嫌悪の色が見えた。

 あれ? どうして? 私、あなたと同じになろうとして、頑張ったんだよ。憧れていたあなたと近づけば、もっともっと、藍璃の心を知ることができて、以心伝心、一心同体、あなたの言葉に適切な返事ができるようになるはずだったのに。

「なんなの、あんた! 私のことじっと見て、近づいてきてぼそぼそ喋ってさ、名前で呼ぶなって言ってんのに、ずっと下の名前で呼んできて、マジでキモい! 無理! 私と同じになりたくて、親の浮気でっちあげるとか、信じらんない! 頭おかしいんじゃない!?」

 わぁわぁと泣き喚く彼女に、呆然とした。私と同じくらいシャイで、だけど私と違って強い人だから憧れたのに。これでは、親に守られるだけの子どもだ。

 そう思うと、スーッと冷めた。もういいや。藍璃は私の目指すべき姿ではなかったのだ。

 真中家から謝罪を受け取るつもりでいた両親が、逆に必死になって頭を下げている。

 ああ、修羅場だなあ。

 私はぼんやりと、憧れの残骸を眺めていた。

 この一件で、私は転校することになった。

 次の学校も女子校で、しかも山奥の寮生活。前の学校の入学式も軍隊かと思ったが、本当に軍に入れられたみたいに厳しい生活になる。

 朝は早く起き、食事は時間厳守で遅れれば容赦なく下げられる。消灯も高校生にしては早くて二十二時。外に出られるのは日曜日の午後だけだ。

 来る前に調べたところ、ここは問題を起こす生徒の矯正施設であるらしく、檻のない監獄であることがわかった。

 私はいじめもしていないし、盗癖も性依存症でもないのに、どうしてこんな場所に閉じ込められなければならないのか。

 両親は、私の扱いに困ってここに編入させた。

「お前の育て方が悪いせいでこうなったんだ」

「あなたが私に丸投げするから!」

 と、喧嘩をするようになり、今は別居している。

 もう離婚なんて望んでいない。別れたところで、どちらも私の親権など、欲しくないと思っているだろう。

 私はこの山の中で、朽ちていくだけなのだろうか。

「――から参りました、安田加奈です」

 雨が降りそうな雲の色をした制服の群れ。転校生である私を見ているようで、何も映していない生徒がほとんどだけど、私には見えた。

「よろしくお願いします」

 教室の一番後ろ、好奇心を抑えきれずに目を輝かせている、監獄の中の希望のような少女。

 ああ、素敵。純真で、愛されるのにふさわしい。

 まずはこの子と、話をしてみよう。

 本当に第一印象通りの少女であれば、彼女に近づけば、父も母も元通り、一緒に暮らせるようになるに違いない。

 今度こそ、間違えはしない。そう、藍璃は、あの女は結局、交わることのできない場所にいる人間だったのだ。平行線くらいわかりやすく私と違っていてくれたらいいのに、紛らわしい女。

 山奥の孤独な場所での出会いは、もっと密に繋がることができるに違いない。

 私はじっとその子を見つめて、微笑んだ。

                 (了)

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