10 学園祭当日(3)

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10-2話

 ミスター・かぐや姫コンテストは用紙とインターネットでの投票を受け付けている。二日目の正午に投票は締め切られ、必死に委員たちが集計をする。

 グランプリ発表に向けて、千尋は女装をしていた。今日はバラエティショップで購入した魔女の衣装を身に着けている。元々が超ロング丈のワンピースなので、千尋が着てもなんとか様になっている。

「なぁ、五十嵐」

「なに?」

「今日のこれ、終わったらさ……ちゃんと、返事するから」

 靖男の言葉に千尋は勢いよく振り向いた。反芻して理解して、「はい」とはにかんだ笑みを浮かべた。素直に可愛い、と思えた。

「じゃあ、俺、頑張ってくるから!」

「ああ。横で見てるな」

 千尋には、結果を伝えていない。千尋にはステージで驚いてもらおう、と意見が一致した。手を振って見送って、靖男はじっと、小林の隣で微笑んでいる千尋を見つめていた。

 きれいに化粧をした千尋は美しい。でも、靖男が好きなのは自分の前でだけ見せる、感情的な一面だ。その顔を引き出したくて、脅迫した。あっさりした付き合いしかしてこなかった靖男だが、千尋に対してだけは違った。

 平静さを失うのが恋だというのなら、靖男は千尋に恋をしている。あの日から、ずっと。

 フィナーレの舞台でミスター・かぐや姫コンテストの結果発表が始まる。前日と同じく女装した男たちがずらっと並んだ中で、小林が朗々と宣言をする。

「さぁ、お待たせいたしました! 今年のミスター・かぐや姫を発表するぞ! まずはユーモア賞……」

 その間千尋は小林の隣に立って、にこにこと会場を見渡している。観客が「千尋ちゃーん」と呼びかけるのに、驚きながらも手を振って応える余裕すら生まれていた。そんな顔してられるのも今のうちだ。

「グランプリは……文学部一年、御幸恭弥だー!」

 当然だろう、という顔で御幸はふん、と鼻を鳴らしていた。勝ち誇った表情でステージ脇の靖男を睨みつけるが、靖男は何も心配していない。小林の話には、続きがある。

「しかーし! 真の一位はちがーう!」

「はっ?」

 小林は真のグランプリである人物に、指を突きつける。

「得票数一位は、アシスタントの、千尋ちゃんだあああああ!」

 突きつけられた側の千尋は笑顔を張り付けたまま、突然のことに対応できずに固まった。観客たちもさきほどの御幸のグランプリのときよりも大きな歓声を上げる。

 昨日のコンテストの模様は、インターネットで配信され、投票を受け付けていた。和桜大学の留学生たちは、母国の友人たちにアドレスを送りつけて、「ヤマトナデシコ!」などという形容とともに投票を促したという。

 そうして千尋が非公式のグランプリということになった。「チヒロ! チヒロ!」という声はやはり、外国人留学生たちから発せられていた。

 非公式であるから、グランプリのトロフィーは勿論御幸に授与される。だが彼は、それを拒んだ。泣きながら、ステージを走り去った。「こんなの五十嵐先輩じゃない!」と言っているのを靖男は耳にした。

 御幸は千尋に対して、夢を抱きすぎていたのだろう、と思う。背が高くて凛々しくて、まるで王子様。姫である自分にふさわしいのは、千尋しかいないと信じていたに違いない。

 でも現実の千尋は、そうではない。医大に進学できなかったことを気にし続けている繊細な一面も持ち合わせているし、女装趣味。そして何よりも、靖男のことを、みっともないほどに好きだ。

 御幸はそんな千尋を全力で拒否するけれど、靖男は全部ひっくるめて、受け止める。その覚悟を決めて、今、ここにいる。

「グランプリの御幸姫がどっか行っちゃったのですが、これを千尋ちゃんにあげるわけにもいかないので、特別プレゼントでーす」

 靖男の出番だ。ジャケットのポケットに入れた物に触れて確認をする。

「行ってらっしゃい!」

 ミカドや敏之、みどりたちに背中を押されて……物理的に三人の力で思いきり押されて、靖男はバランスを崩しながらステージに上がろうとする。が、当然転んだ。

 腕のギプスは取れたけれど、まだ吊ったままの状態だった。いきなりのことだったので無事な方の手でまともな受身を取ることもできずに、倒れる。ぎりぎり怪我をした腕は打ち付けなかった。

 一番行動が早かったのは、千尋だった。神崎! と悲鳴をあげて駆け寄ってくる。

「大丈夫? どこか打った?」

 大丈夫だから心配するな、と言おうとしたがそんな隙は与えられず、靖男の身体は宙に浮いた。

「へ?」

 興奮した野太い声がステージに響いた。正気に戻った小林が実況を始める。

「怪我をしたちっちゃい王子様を、千尋ちゃんが、なんと! お姫様抱っこだああああ!」

 身長に見合った体重だが、千尋の細腕に軽々と持ち上げられるのは情けない。準備のときに「あんな重いもん持って……」と心配したけれど、必要なかった。人は見かけによらない。

 千尋は靖男を姫抱きしたまま、ステージを駆け下りた。何人もの人間にスマートフォンのカメラを向けられたから、きっとSNSで拡散されてるんだろうなあ、俺たち。そんな諦めの境地で、靖男は揺られていた。

11-1話

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