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十一月になり、にわかに肌寒くなった。目の前に現れた千尋の首元にはマフラーがぐるぐると巻かれていて、噴き出した。
「早くない? マフラーは」
「早くない。寒いの嫌いなんだよ」
それは肉がないからだろうと思う。もうちょっと食べて、鍛えて筋肉つけようぜ、と靖男は言うが、千尋は嫌そうだ。また新たな一面を見られて、楽しくなる。
そんな寒さに弱い千尋がこうして出かけてきてくれたのは、今日が靖男の怪我の完治予定の日だからだ。
「お前、手袋までしてんの?」
「するよ……指先がかじかむんだ」
靖男自身は寒さに強い方なので、冬でもあまり着こんだりはしない。手袋をしている千尋は、ちょっと可愛いな、と思う。
総合病院はとにかく待ち時間が長く、診察時間は一瞬だ。特に今日はもう包帯を巻いてもらう時間もないから短いだろう。千尋が来てくれてよかった。待合室でぼそぼそと喋っていれば、待ち時間も気にならない。
案の定朝から行ったのに、診察室へと呼ばれたのは昼を過ぎた頃だった。医者から「もう大丈夫」とお墨付きをもらい、ようやく靖男の腕は解放された。
ロビーで待っていた千尋は、靖男の腕が吊られていないのを見て、心底ほっとした様子だった。
「完治おめでとう」
「うう……ん」
「怪我治ったの、嬉しくないの?」
嬉しくないはずがない。しかし千尋は、覚えていないのだろうか。耳貸して、とジェスチャーをする靖男に対し、千尋は屈んだ。
「約束覚えてる?」
「約束……?」
この口調は完全に忘れられている。もしくは冗談だと思われていたか。
「エッチしよって言っただろ」
暖房の暑さではない理由で、千尋の頬が赤くなる。千尋は無言で靖男を急かして、病院を後にした。
「もう、病院で変なこと言うなよ!」
「変なことじゃない。大事なことだろ」
真面目な顔をする靖男を、千尋は見つめた。二人で連れ立って、近くの公園のベンチに座った。昼時ということで母子連れもおらず、内緒話をするには好都合だ。
「お前は俺のこと許してくれるけど、俺はお前に甘えたくないんだよ」
「甘える……?」
千尋と性行為に及んだのは、夏休み前の一度きり。あれは紛れもなくレイプだった。千尋は「俺は神崎のことが好きだから、いいんだ」などと言うが、始まりからすべて、靖男の身勝手なわがままだった。
「五十嵐のことあんまり大切に扱ってこなかっただろ、俺。だからちゃんとしたい」
ぎゅ、と千尋の手を握ると彼は身体を強張らせた。怖がらせる意図はない。そのまま黙っていると、マフラーの奥でごにょごにょと、「……俺も、したい」と千尋が小さな声で答えてくれたので、靖男の行く場所は決まった。
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