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<7-4話
――神崎のことが好き。でも気にしないで、全部忘れて。
毎晩のように千尋が夢の中に出てきて告げる言葉だ。一人で何もかも吹っ切れたような、すっきりしたというような顔をして笑っている。
告白されたのに、すっと引かれてしまって自分は何も返事をしていない。どう返事をするつもりなのかは自分でもわからないが、何かを言う機会さえ封じるのは卑怯なんじゃないのか。
――どうなんだ、五十嵐千尋。
イライラと足を何度も踏み鳴らした状態で座っていると、隣にいた小林がこっそりと「おい神崎。姉御に怒られるぞ」と耳打ちしたが、すでにみどりにロックオンされていた。
「神崎ぃ。あんた司会なんだから真面目に会議出なさいよ!」
「……へ~い」
やる気はない。押し付けられた以上、最低限のことはこなすけれどそれ以上のパフォーマンスを求められても困る。
現在中程度の教室に集まっているのは、ミスターかぐや姫コンテストの参加予定者たちへの説明のためだった。お笑い系に走るのが明らかな、強面で筋骨隆々としたアメフト部員や、靖男と同じく背が低くてそれなりに見られる容姿をしているから、というだけで友人たちに担ぎ上げられた男など、目の前には男、男、男の群れ。
「ということで、ミスターかぐや姫コンテストの司会、神崎靖男。彼もみんなと一緒に女装するから、まぁ、同志だと思ってやって」
へーい、とかはぁ、というあまりやる気のみられない生返事の中、クス、という底意地の悪い笑い声が耳に届いて、靖男は思わずそちらを見た。
大きな目が印象的で、その様子は猫みたいだ、と気づいて、ふと靖男は思い出した。そうだ、テスト前に食堂でわざとぶつかってきた青年だ。
彼は靖男の視線に気がつくと、明らかに馬鹿にしたような目つきになった。ふん、という擬音が聞こえてくるような表情に、靖男もむかっとする。だが、彼が自分に敵意を向けてくる理由にはとんと思い当たらない。
その理由は決して納得できるものではなかったが、すぐに判明した。会議後に三々五々に散っていく学生たちの群れのなか、前方にいた靖男たちのところまで一人だけ、彼がやってきた。
「五十嵐先輩から離れてください」
「……はぁ?」
突然千尋の名前を出されて、靖男は困惑する。離れてくれ、と言われてもすでに委員会の仕事で最低限度しか関わっていない。
「あんたみたいなチビと、格好いい先輩が一緒にいるだけで、虫酸が走るんですよ」
「チビってお前も俺と同じくらいしか身長ないくせに何言ってんだよ」
靖男と青年の目線は、確かに同じ位置にある。青年はわざとらしく溜息をついて、
「僕は女よりも可愛いから許されるんです。先輩の隣に僕がいれば、きっと美男美女のカップルのようでしょう……高校時代はそうやって周りから言われていんだから」
陶酔し始めた千尋の高校時代の後輩であるらしい青年に対して、靖男は冷め切っていた。美男美女だと? 二人とも男じゃないか。
「なのに! 入学してみればあなたがうろちょろうろちょろとまるでネズミみたいに先輩に付きまとって! 目障りなんですよ、あんた!」
暴言になり始めたところで、みどりが止めた。
「冷静に議論をするつもりある? ないなら私たち忙しいから、帰って」
仕事らしい仕事はないのだが、一切顔色を変えずに嘘をつくみどりは、さすがであった。
青年はぐっと一瞬詰まったが、口を閉ざす気配はない。靖男は溜息をついて、相手をしてやることにする。
「で? どうしたら満足なんだよ、お前」
「だから、離れてください。あなたみたいなちんちくりんが先輩の隣にいるのは、先輩にとっても迷惑です」
その「先輩」は俺のことが好きだって告白してきたんだけどな、とは言わずに、靖男は「五十嵐本人に聞いたわけじゃないだろ」と言うにとどめた。
「喧嘩ならいつでも買ってやるけどさ、五十嵐に迷惑かけることはすんなよ」
「かかりません。あなたがいることの方が迷惑です」
堂々巡りにもほどがある。さすがの靖男も疲れてきた。そこにすでにやり取りに飽きていた小林が、大きな声で二人の間を遮った。
「じゃあ、もうさ、ミスターかぐや姫コンテストで勝敗決めない?」
いつ何時、勝敗をつけることになったのか。そもそも何が勝ちで何が負けなのかもわからないが、目の前の青年は目をぱちぱちさせて驚きを示した後、にんまりと笑った。
「わかりました。僕が一位だったら、五十嵐先輩から離れてくださいね。もっとも一位以外ありえませんけどね!」
あっけにとられている間にもはや決定事項であるとばかりに青年は高笑いをして、教室から消えてしまった。靖男は発案者である小林の首根っこを掴んだ。
「ってお前! 司会者はコンテストに参加できねぇんだぞ! 対決もくそもあるか!」
あら? あちゃちゃ~、と苦笑いをする小林は、それでもイケメンで、苛立った靖男はその腹に軽くパンチを決めた。
青年の正体はすぐにわかった。御幸恭弥、文学部国文学科の一年生である。女装コンテストの応募メールの最低限の情報から、みどりが調べて、彼が京都の秀雄高校の出身だということが判明した。そしてそこが確かに千尋の出身高校であるということもわかった。
「私が調べられたのはこれだけ。五十嵐に直接聞くしかないわね」
「……それは、ちょっと避けたい……」
「なんでよ」
靖男は答えられなかった。なるべく千尋とは密に関わりたくない。たぶん、何をしても傷つけるのがオチだ。みどりはそんな複雑な男心を理解しているのかいないのか、「じゃあ他に知ってそうな心当たりに聞くしかないわよね」とあっさり言った。
「他に……ねぇ」
「秀雄高校なら進学校らしいし、うちの大学に他にもいるでしょ」
うーん、と悩んで一人だけ思いつく。だがそちらもまた、靖男にとっては近寄りがたい人間である。千尋と天秤にかけて、靖男は佐川に連絡を取った。
>8-2話
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