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<2話
連休初日に、兄は実家に帰ってきた。いてもたってもいられず、理はバス停まで迎えに行った。
「お帰り、兄さん」
だいたいの到着時刻を伝えていたとはいえ、まさか理が待っているとは思わなかったのだろう。文也は目をぱちぱちと瞬かせていた。
「サプライズ成功だね」
ぼそりと言うと、文也は嬉しそうに微笑んだ。
「何分待ってたんだ?」
「そんなには待ってないよ」
即答したが、嘘だった。そしてそれを、文也は見抜いている。小さく小突かれて、理は兄の持っていた荷物を持って、先に歩き始めた。
「荷物、軽いね」
「ん? うん。だって服とか、理のを着ればいいだろ」
理はまじまじと、文也を見つめ、それから自分の洋服が詰められているタンスの中を、思い出した。
ダメだ。兄に着せられるような服なんて、ない。それでも文也は、意に介さずに弟の服を着るのだろう。
家までの道のりを歩いていると、ピロリン、とスマートフォンが通知音を鳴らした。
「歩きスマホはよくないぞ」
そう言う兄は、SNSやアプリゲームを一切やっていないので、本当に連絡を取り合うだけの端末になっており、スマートフォンに依存する人間のことを、理解できない。
「大丈夫だよ」
連絡してきたのは、明美だった。今日早速、夏織を呼び出して話をしたらしい。
明美には、こんな風に話を持っていってほしいと具体的な指示を出していた。
彼女と話していて得られた最も有用な情報は、夏織には、学生時代から別れたり寄りを戻したりしている男がいるということであった。
『もしかしたら、今も』
明美が付け足したのは、彼女が夏織とその男との関係の一部始終を、まざまざと見せつけられてきて、辟易としていたからかもしれない。
浮気というキーワード。それを使い、明美には、夏織に揺さぶりをかけてもらった。
うまくいったメッセージを受信して、理は唇を緩めた。これで連休中、夏織は兄に連絡を取ることもあるまい。
その表情変化を、兄は見逃さずに、「なんだか嬉しそうだな。彼女からとか?」とにこやかに問う。
「まさか」
彼女なんていない。いらない。俺には兄さんがいてくれたらいい。
本心はすべて、長い前髪と眼鏡の奥に隠して、理は最愛の兄に向かって、微笑んだ。
>4話
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