愛は痛みを伴いますか?(11)

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愛は痛みを伴いますか?

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10話

 葛葉幹也という男は、性癖を除けば、本当に優秀な男だった。

 借りたノートは補足のメモが過不足なく取ってあって、読みやすい。なんだってオールマイティにできるし、説明もわかりやすい。

 真面目に勉学に励むようになった雪彦を取り巻く環境は、目まぐるしく変わった。

 まず、あの日幹也と口論になった連中とは疎遠になった。代返に失敗したことをトークアプリ経由で謝ったら、既読スルーされて、グループを追い出された。一度の失態で追い出されるほど、どうでもいい存在だったことに少しばかり傷つくかと思ったが、特に感慨は浮かばなかった。

 幹也は純粋な友人ではなし、これからは一人で勉学に打ち込もう。諦め半分に決意した雪彦だったが、語学クラスでの扱いが徐々に変化していった。

 最初は隣に座った男子学生に、「今日の予習、途中で寝落ちたから見せてくれないか」と頼まれたことだった。幹也の教えもあり、最近の雪彦は、当てられても堂々としたものだ。快く見せてやると、感謝された。

「怖い人だと思っていた」

「やる気がないのに、なんで大学に来てるんだろうって」

 などと言われて、雪彦は今までの己を猛省した。いくら流されやすいタイプだと言っても、適当に過ごしてきた一ヶ月は無為であった。真面目で勤勉な同級生には敬遠され、切磋琢磨する仲間を得ることができなかった。

 切られて、いや、切ってよかった。それもこれも、幹也のおかげであることを、雪彦は痛感した。

 今日もこれから、図書館で待ち合わせをしている。バイト代の半分以上を家に入れている雪彦は、財布の中身を計算しながら、購買で悩んでいた。

 息子の変化を歓迎した母親は、とにかく新しい友達を連れて来いとうるさい。礼をしたいのだと言う。家に呼ぶのはまっぴらごめんだが、感謝の気持ちを伝えるのは確かに、必要かもしれない。

 手ぶらで礼だけ言うのは軽すぎるから、何か買っていこうと決めた。気兼ねなく受け取ってもらえて、なおかつ雪彦の財布のダメージも少ないのは、食糧だ。

 思いつきの行動のため、店を調べて買いに行く暇はない。購買部に足を運んだのはいいが、幹也の好きな物など、皆目見当がつかなかった。

 学食や彼の家での光景を思い出してみても、好き嫌いがないことしかわからない。学食では大抵、日替わり定食を注文する。家での食事の決定権は、家主であるにも関わらず、雪彦に譲る。特にこだわりがある物もない。

 雪彦は、手にしていたカップデザートを棚に戻した。何を渡しても、彼は「ありがとう」と言うだろう。性癖を除けば、いい奴だから。けれど、雪彦の感謝の気持ちや感情の変化が、きちんと伝わるとは思えない。

 手ぶらで購買を出て、待ち合わせの図書館へ。中に入ってブースを探すと、幹也は目立つので、すぐに見つかった。講義が早く終わったのか、すでに勉強モードに入っている。ボールペンを口元に押し当てて、思案顔だ。横から見ると、鼻筋が通り、彫像のような美しさがはっきりと映し出される。

 しばし自分でも気づかぬうちに見惚れていると、視線を感じたのか、幹也の方が気づいた。近づいて、ひらひらと振った手を取る。

「雪彦さん?」

 突然の雪彦の行動に、目を丸くする。

「今日は、お前の家に行こう」

 雪彦はこれまで、自分から「行く」と言ったことはなかった。幹也の側から誘われる。しかも毎回了承するわけではない。「ユキヒョウ」と囁かれれば、行かざるをえないのだが、最終手段を幹也が行使することは、まれだった。

「いいの?」

「嫌ならいいけど」

 嫌じゃない、と幹也は即座に首を横に振った。

「俺の気の変わらないうちに、行くぞ」

 慌てて机の上の教材や文房具を片づける幹也を、雪彦は手伝った。

12話

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