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<11話
そびえたつマンションを、雪彦はいつもと違う感慨で見つめていた。端的に言えば、緊張していた。自分の意志で訪れるのは、初めてのことだった。
「どうしました?」
オートロックのドアをくぐり、エレベーターへ直行する。様子がおかしいと気づいた幹也に首を傾げられて、雪彦は当たり障りのないことを言った。
「いや。来る度に思うけど、立派なマンションだよな、って」
四人家族が生活するのに十分な広さである。鍵を開け、幹也は何でもないことのように、「父が所有しているんです」と、さらりと言った。税金対策なのかリスク分散なのか。雪彦にはよくわからないが、少なくとも大学六年間、息子に住まわせる部屋ではない。投資した金額を回収するなら、他人に貸し出した方がいいはずだ。
そもそも、幹也の実家が経営するくずの葉総合病院は、隣県とはいえ、県境にある。自宅も近くだろう。その程度なら、実家から通っている学生など、ごまんといる。
そういえばカツアゲから助けたときの幹也は、制服だった。高校は越境して、こちらに通っていたのだろうか。
そのあたりの疑問を口にした雪彦は、「高校時代から、この部屋で一人暮らしをしている」と言われて、驚いた。
「この部屋を俺に生前贈与でもするつもりなんじゃないですか」
幹也は雪彦に背を向けていた。ずいぶんと投げやりな物言いに、眉を顰める。今いったい、彼がどんな顔をしているのか。回り込んで確かめたいと思い、行動に移しかけたところで、幹也は振り返った。目元も口元も、微笑しているのに、心はそこにない気がした。ただ、形を真似ているだけの、いびつな顔に見えた。
雪彦とて、子供ではない。自分の家族と同じように、健全で仲のいい親子ばかりではないことを、知っている。幹也にとって、父のこと、家族のことは、地雷だ。
「そうか」
深くは突っ込まずに、適当な相槌を打つと、幹也はあからさまに胸を撫でおろした。今度は本当の笑みを浮かべて、雪彦を誘う。
「それで、今日はどうしますか? ご飯? 勉強? それとも……」
皆まで言わせずに、幹也の手首を掴んだ。力加減を間違えたが、幹也は痛がらなかった。むしろ、きつい縛めを甘受し、この後の行為に期待を滲ませている。
「気は変わらないんですね」
「今のところは」
じゃあ今日は、一歩進んでみましょうか。
幹也の声は、媚びるように濡れていた。
>13話
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