愛は痛みを伴いますか?(20)

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19話

 バイトを早めに切り上げて、雪彦は幹也の家に戻ってきた。堂々と合鍵を使い、中に入る。冷蔵庫にすぐに食べられる食糧が入っていることや、雪彦が看病のために泊まることは、置手紙にしてきたから、驚きはしないはず。

 眠っているかもしれないことを考慮して、呼び鈴を鳴らさずに、部屋も合鍵で開けた。電気がついているので、どうやら起きているようだ。少しは復調したのだろうか。肩から力を抜いて、靴を脱いだ。

「あ。お帰りなさい」

 ひび割れた声に、雪彦はどう応えるべきか悩んだ。ここは幹也の家であって、自分の家ではない。「お帰りなさい」ではなく、「いらっしゃい」がふさわしい。だが、訂正しなかった。そわそわと期待に満ちた目で見上げられた雪彦に、許されたのはたった一言。

「ただいま」

 それこそ家族であればなんでもない、普通の挨拶だ。なのに、幹也はとても嬉しそうに笑った。

「熱は下がったのか?」

 額に貼った冷却シートは、すでに用をなさなくなっている。よれよれになったシートをはがして、幹也の額に触れる。まだだいぶ熱いし、顔も赤い。一日や二日で治りそうもないと判断した。明日は土曜日だから、月曜日までに回復すればいいのだが。

「せっかく起きたんだし、身体拭いてパジャマ着替えろ」

「え……」

 もじもじと、今更何を照れているのか。この間、ほぼ全裸みたいな状態で尻を叩かれて、パンツを汚したのはどこのどいつだ。

 雪彦は恥じらう幹也をスルーして寝室に向かい、下着とパジャマを取りに行った。相変わらずのTバックである。赤も黒も、この間のことを思い出してしまうため、グレイのパンツを手に取って、リビングに戻る。

「ほれ。脱げ」

「うー……はい」

 男を脱がせる趣味はない。熱めの湯を張った洗面器にタオルを入れて、硬く絞る。パジャマを脱いで、上半身をさらした幹也に、背中を向けるように言った。

「痛かったら言えよ」

「いや、むしろ痛い方が」

 病人が何を言ってやがる。雪彦は黙殺した。温かいタオルで汗を拭いていくと、幹也の口からホッと息が漏れる。この間のことを思い出してしまった雪彦は、一瞬手を止めた。不審に思われないように、すぐに再開したが、少し強く擦ってしまい、結局幹也を喜ばせる結果になってしまった。

「前は自分でやれよ」

 タオルを絞って渡し、雪彦もシャワーを借りることにする。

「Tシャツとかは自由になんでも使ってください。あ、パンツは未開封のがタンスに……」

「パンツはコンビニで買った!」

 未使用とはいえ、あんなパンツを穿けるか!

 身体を拭いてパジャマを着替え終わった幹也は、「蒸れなくて快適なのに」とTバックを推奨するが、雪彦は決して騙されない。

「本音は?」

「叩かれるのに、布は一枚でも少ない方がいい」

 喋っていると、こちらの方が熱が上がりそうだ。薬を飲ませて冷却シートを貼り直し、ベッドへと誘導する。寝そべった幹也の上に布団をかけて、ポンポン、と叩いてやると、赤い顔の彼は、嬉しそうに笑った。

「こうやって、誰かに看病してもらうのって、嬉しいものなんですね」

「……そうか」

 雪彦は言って、頭を撫でてやった。たぶんこの大きな子供は、愛情のこもった手を知らない。「君は何も知らない」と、暗に非難する早川の目を思い出した。

「早く治せよ……治ったらまた、その……」

 成り行きでなったご主人様というポジションだが、もしも自分が本当の主人になったとき、幹也の孤独を救うことはできるのか。

 語尾がごにょごにょと消え去るも、幹也はきちんと聞き取っていて、楽しそうに目を光らせた。

「それはそれは、早く治さないと」

 ぐふふ、と不気味に笑う彼の脳内で一体何が行われているのか。知りたくなくても、近いうちに知ることになる。だから今、追及することはない。

 雪彦は「おやすみ」と声をかけて、寝室を退出した。

21話

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