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<21話
「もう一歩進んでみたい」
雪彦の申し出に、幹也はノートから顔を上げた。表情は明るく、「とうとうSMに興味が……!」と、感動しているが、ちょっと違う。
幹也の相手をするために、SM調教系のアダルト動画を視聴してみた。男優のペニスを無理矢理口の中に突っ込まれた女優が嘔吐した瞬間に、止めた。早送りをして見たが、自分の股間のモノはまるで反応しなかった。
興味があるのは、調教ではない。幹也自身だ。
ひきだしの奥に隠されたピアスの一件以来、雪彦は幹也への特別な感情に、振り回されている。
隣に座った彼の横顔がどうしても気になって仕方ない。そして幹也が雪彦の視線に気づいて照れ笑いすると、恥ずかしくなって下を向く。
もしも雪彦は、幹也の被虐願望を受け入れ、「本当のご主人様」になることができたなら。
あのピアスを手中に収め、彼の耳に穴を開けることができたなら、この胸の痛みの理由がわかるだろうか。
そんな心情を知らず、ノートを閉じた幹也は、いそいそと寝室に消えた。
戻ってきた彼の手には、小道具が握られていた。おなじみになったボールギャグ。それからハタキのような形状の何か。
手渡されたので手に取ってみると、適度な重さで、持ち手はしっかりと手にフィットして掴みやすい。軽く振ってみると、六本に分かれた太いフリンジがバラバラに揺れた。
「何、これ」
「SM用のバラ鞭」
鞭? これが?
脳内でイメージしていたのとは違う形状に、雪彦は何度か振り下ろしてみる。ついでに自分の腕にも軽く当ててみると、思っていたよりは痛くない。
「なんかこう、猛獣遣いが持ってるみたいな一本の長い鞭でやるのかと思ってた」
無知丸出しの感想を、幹也は馬鹿にするでもなく、「初心者には向かない」と事実だけを述べた。
「狙ったところに当てるのも難しくて。下手をすると、M役が怪我をするんです。威力が強いので」
一応用意はしてあるけれど、と幹也は言うが、そんな話を聞いて、誰が「じゃあやってみよう」と乗り気になるというのか。医学部だからって、怪我に冷静に対処できるかどうかは別である。
「バラ鞭はあんまり痛くないんですよね……早くステップアップできるように頑張りましょうね」
人間椅子プラス尻叩きに、幹也は飽きていたようだ。一刻も早く、雪彦に鞭打ちをマスターしてほしいと願っている。生きていくのに無駄すぎるスキルだ。雪彦は「頑張ります」と顔を引きつらせた。
「じゃ、さっそく脱ぎますねー」
ウキウキワクワクを隠さずに、幹也はさくっと上半身を脱いだ。情緒も何もない。スポーツのために着替えるくらいの気楽さで、幹也は脱衣する。
「お前さあ……」
「ん?」
壁に向かって立ち、広い背中を晒した幹也は、雪彦の呆れ声に振り返った。
「恋人とセックスするときも、そんな感じなの?」
「そんな感じ、とは?」
どうやら幹也は、本気でわかっていない様子である。無垢な顔を向けられて、雪彦は嘆息する。
「ロマンもへったくれもない感じなのか、ってこと」
ああ、と幹也は頷いたが、どうも理解はしていない。もっとムードを大切にして、照明の明るさを変えてみたり、キスをしたり。いきなり脱ぎだす前に、まだすることがあるのではないか。説明してもイマイチ納得していない。
>23話
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