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<22話
「というか、俺、今までに恋人いたことないんで」
「いやいやいや……嘘だろ」
さすがに信じがたい。たとえちょっと特殊な性癖の持ち主であっても、世の中には割れ鍋に綴じ蓋、しっくりと来る相手がいるものだ。どSの美人お姉様との出会いがなかったとは言わせない。
「SMのパートナーになってもらった人は何人かいますけど」
「それは恋人じゃないのか。自分のことは棚上げするけどさ」
アイが先かエッチが先か。言葉遊びをするまでもなく、愛情や親愛、プラスの感情が一ミリも働かない相手と性的関係を恒常的に結ぶことはない。少なくとも、雪彦はそうだ。現にこうやって、幹也のプレイに付き合っているのも、最初は得られるメリットのため、そして今は彼のことを知りたいと思っているからだ。興味のない相手だったら、関係を進めたりしない。
幹也は唸りながら、これまでのパートナー遍歴を指折り数え、思い起こしている。眉根を寄せたその表情から、決してよい別れ方をした相手ばかりではないことがわかった。
「高校の先輩とか、いいなあって思ってご主人様になってもらっても、どんどん加減できなくなってくんですよねー……素人さんを相手にするのも大変なんですよ」
急所を鞭で打たれたり、流血沙汰になったり、首を絞められて死にかけたり……。
何でもないことのように壮絶な経験を語る幹也に、雪彦はストップをかけた。聞いているだけで、具合が悪くなる。
「つか、俺はお前の言うところのド素人なんですけど、それはいいのか」
しかも一切SMに興味のなかった人間である。
幹也は雪彦に、微笑みかけた。好奇心に満ちた目を細め、雪彦の手を取って、口づける。慌てて手を引くと、彼は深追いはしてこなかった。ホッとすると同時に、あっさりと解放されたことに、なぜかもやもやした。
さっきまでスポーツ感覚で、誘惑の「ゆ」の字も知らないような顔で潔く脱いでおいて、そんな顔や仕草もできるのか。
「雪彦さんは、優しいし俺の話をちゃんと聞いてくれるから。教え甲斐がありますよ」
「どうもやっぱり、俺の方が調教されているような……」
「やだなあ。そんなことないですよ」
あはは、とわざとらしく声を上げる幹也の頭を軽く小突くと、彼は年相応の青年らしく、快活に声を上げた。
「今日はやめときましょうか」
なんとなく興が削がれたのは幹也も雪彦も一緒で、この日は健全で楽しい遊びをすることにした。
とはいえ、二人きりのババ抜きという不毛なゲームの間じゅう、雪彦の頭の中からは、幹也の性遍歴が離れなかったのだが。
>24話
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