愛は痛みを伴いますか?(24)

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23話

 六月になると、附属病院への見学会が開催される。

 希望者多数の場合は抽選となり、系列の地方病院に回されることもあるのだが、雪彦も幹也も、運よく大学敷地内に併設された病院に決まった。

 いや、「ラッキー」と思ったのは雪彦だけだった。教務課前の掲示板で通知を見て、幹也は渋い顔をしていた。地方の方がよかったのに、と彼は言った。いっそのこと北海道とか。そういうふうに混ぜっ返したものだから、旅行気分かよ、と突っ込んだが、どうも真相は他にあるようだった。

 実際、日にちが近づくにつれて幹也は沈みがちになっていった。

「病院見学、行きたくないのか?」

 実施日が翌日に迫った今日も、幹也は雪彦に折檻をねだったが、身をくねらせたりよがったりすることはなかった。

 雪彦は鞭を置いて質問した。幹也は不満そうに鼻を鳴らすが、その目は艶も媚びも滲んでいない。黙って凝視していると、雪彦の眼力に気圧されたのか、幹也はしゅんと項垂れた。

「行きたくない、わけではないんですけどね」

 曖昧に口を濁したまま、彼はそれ以上語ろうとしなかった。

 本当に行きたくないのならば、幹也は最初から、病院見学に申し込まない。単位には一切関係ないくせに、「未来の後輩たちのために」と、アンケートという名目で簡易レポートの提出を迫られる。日曜日に行われるため、学生にとっても貴重な休みを潰すことになる。それでも多数の希望者がいるのは、研修医として勤務する予定の病院設備や環境、人間関係を今のうちに知りたいからだ。

 他の研修受け入れ病院へのコネがあれば、わざわざ参加する必要はない。幹也の実家であるくずの葉総合病院は、受け入れこそしていないが、院長である父の伝手を辿れば、快く受け入れてくれる場所はあるに違いなかった。

 幹也が自分から喋らないということは、何か訳アリなのだろう。ただ、雪彦が関知するような話ではないだけだ。結局何も聞けず、翌日の病院見学を迎えた。

 基本的に健康優良児であった雪彦は、自身が病院の世話になった記憶はほとんどない。学校の授業でやらかして、手の指を骨折したときくらいだった。それも、近所の整形外科で事足りたので、巨大病院の裏側を見るのは、ワクワクした。メモを片手に、案内役の事務員の話を熱心に聞く。

 三十人の学生は三つのグループに分けられて、それぞれ別ルートで院内を回る。幹也と雪彦は同じグループだった。隣の幹也も、今回は本当に喜んでいるようで、リラックスした状態で説明を聞いていた。

 診療日ではないが、院内には人がそこそこいる。急患対応に出勤している医師や看護師はもちろん、入院患者やその見舞客もいる。

 建物は、十五年ほど前にリノベーションされていた。大きなカンファレンスルームに集合して見せられたスライドでは、以前はもっと、「病院らしい」建物だった。少し薄暗くて、待合室のソファは硬く、どことなく無機質な感じのする病棟。病院ときいてイメージする、「暗い」「怖い」「冷たい」の揃った建物である。

 今は、病気や怪我で来院する患者やその家族を暖かく迎えようという風に変わっている。特に小児科は、看護師たちの創意工夫が成された装飾がされていて、他の病棟とは一線を画していた。

 見学自体は午前中で終わるが、最後には食堂で昼食が用意されていた。学食とあまり変わらないように見えるのは、入っている業者が同じだからだろう。

 学食よりもメニューが豊富なのと、薄味で野菜をたっぷり使ったおかずが多いのは、医者の不養生にならないように、という配慮なのかもしれない。

 雪彦には味が薄く、仕方がないのでテーブル備え付けの醤油をすべてのおかずに垂らしたものだから、全部同じ味になってしまった。後悔しても、もう遅い。

「雪彦さんは、小児科の見学のときが一番楽しそうでしたね」

 もそもそと白飯で中和しながら流し込んでいると、唐突に話しかけられて、思わずむせた。米粒が喉奥に貼りつきっぱなしになっているような気がして、いつまでもゲホゲホしていると、さすがに心配になった幹也が席を立ち、背中を摩ってくれた。

「大丈夫ですか?」

「ん……うん、んんっ、大丈夫だ」

 喉の調子を整えて、茶を飲んで一息つく。気を取り直して、向かいの席に戻った幹也と話をする。

25話

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