愛は痛みを伴いますか?(33)

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32話

 テスト期間となっても、幹也との距離は縮まらなかった。返信もないし、マンションに行っても門前払いを食らう。合鍵は持ち歩いていても、緊急事態以外は使えない。

 テスト直後なら逃げられない。しかし、かぶっている講義は、ことごとく夏休み中のレポート提出のみだった。

 雪彦はまず、とにかくテストや課題に集中しようと考えた。幹也への恋心のせいで落第したとなれば、今まで教えてくれた彼に示しがつかない。

 テストテストの一週間を過ごして、七月の最終日。同時に、最後のテストを終えて解放された雪彦は、テストお疲れ様の名目で開かれるクラスコンパに、欠席の連絡をしていた。しつこく誘われることなく、「いい夏休みを」と、年末年始のように、口々に言われる。

 片手を挙げて適当に相手をしながらも、気が急いた。試験期間最終日までテストが本当にある人間は稀だ。幹也がクラス単位で受けている必修科目のテストは、すでに終わっているという情報を掴んでいた。

 幹也は、すぐにでも出かけるかもしれない。大学一年生の夏休みは、本当に自由だ。短期バイトや旅行、自動車免許合宿。そしてさすがに、実家に帰らなければならないだろう。彼はまだ、自立した大人ではない。親の援助の元に大学に通う学生なのだから。

 マンションに辿り着いて、部屋番号を押す。インターフォンは応えない。

 どうしよう。雪彦は躊躇する。こんなにも会えないとは、思っていなかった。なんとなく胸に迫る嫌なものを飲み下して、雪彦は最終手段、合鍵を使ってマンションに入った。

「葛葉!」

 扉を開けるが、中には誰もいなかった。凝縮された熱気が顔をめがけて襲ってくる。一気に噴き出した汗を拭いながら、まずはエアコンを入れる。部屋が冷えるのを待つのももどかしく、雪彦は幹也のスマートフォンに電話をかけた。

『おかけになった電話番号は……』

 最後まで聞かずに切る。電話に出る気がないのか。それともたまたま出られない状況なのか。

 部屋の臭いは、盆休みを田舎の祖父の家で過ごし、帰ってきたときの臭いと同じだった。つまり、しばらく家に誰も入らずに換気がなされなかったということ。

 テスト期間中にもかかわらず、家に帰っていないとしたら。

 ぞっとした。何か事件に巻き込まれたのかもしれない。冷蔵庫を開けると、中身は空っぽだった。ドリンクも、調味料すらない。おそらく、出ていく前に幹也自身が処分したのだろう。ゴミひとつ残っていない、きれいなものだ。

 キッチンから寝室に移動する。プレイのときに使う道具を収めた箱は、姿を消していた。幹也との繋がりが、千切れそうになっていると感じた。何もない。髪の毛一本すら、落ちていない。すべては彼の意志で姿を消したという証明にほかならない。

 もしかして、本当のご主人様を見つけたのではないだろうか。彼ないし彼女の元で過ごすために、身辺整理を図り、雪彦を捨てたのかもしれない。

 ありえない話ではなかった。出会い頭に「ご主人様になって!」と、面識のない人間に懇願するような男だ。突然押しかけて奴隷なりペットなりとして扱ってもらうことに、一切躊躇せずに飛び込むだろう。

 だとしたら。

 雪彦は書斎に急いだ。一番上の引き出しだ。あるか、ないか。スムーズに引っ張りだせたことに絶望したが、奥に果たして、その小箱は存在していた。

「あ……った」

 はは、と思わず笑った。小さな箱を開けると、中には合成ダイヤモンドのピアスが入ったままだった。

 これが残っているということは、新たなご主人様の元に旅立ったのではない。雪彦は、自分がまだ、幹也の主人であることに安堵を得たが、それも一瞬だ。今、彼がどこで何をしているのかは、一切わからないままだ。

34話

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