愛は痛みを伴いますか?(35)

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34話

「あいつが愛人の子だということは?」

 雪彦は首肯した。兄を名乗る男に絡まれて知った。早川は病院見学のときのことを聞くと、「クズめ」と舌打ちした。

「まぁ、知っているなら話は早い。麻衣子まいこ、つまり幹也の母親は、あいつの父親に妊娠を告げると同時に捨てられたんだ」

 跡取り息子はすでにいる。認知を迫る麻衣子に嫌気がさしたのだろう。愛人の手当ても振り込まれなくなり、乳飲み子を抱え、路頭に迷う羽目になった。

 母は両親と折り合いが悪かった。優秀な兄ばかり気にかけ、自分のやることなすことに文句をつける親に反発して、高校をたったの一年で中退し、年をごまかして水商売の世界に飛び込んだ。落ちていった。

 適法スレスレの店から、条件のいい店へ。移った先で、葛葉と出会い、愛人関係になった。マンションの家賃に加えて小遣いも出してくれたから、麻衣子は足を洗った。

 愛人関係を打ち切られても、実家に戻る気にはなれず、麻衣子は再び、水商売の世界へと戻っていった。

 いつからなのかはわからない。麻衣子は幹也を、ひどく虐待するようになった。

「虐待……」

 黙って話を聞いていた雪彦は、呆然と呟いた。

 しつけの範疇に収まらない、激しい折檻。食事を与えずに、仕事に行くことはしょっちゅうだった。同じアパートの住人たちも似たり寄ったりの生活環境であり、隣の家の子供のことなんて、構っている余裕はない。幹也が大人しい子供だったことも、災いした。外に放り出されても、泣き喚くことなくじっと耐えてしまう子供だった。

 一度、児童相談所に通報されたことがある。職員から連絡を受けたのは、親ではなく早川だった。兄とは比べられ続けてきたが、それでも余計な干渉をしてこないだけ、麻衣子にとってはマシだった。

 可愛くない娘の生んだ孫を、あの親が可愛がるはずがない。だから、葛葉に捨てられたときも、実家を頼ることはなかった。

「そのとき、僕は自分に甥がいることを知った」

 初めて会った幹也は、標準的な五歳児に比べて、身長も体格も劣っていた。ガリガリに痩せていて、目の輝きもない。

 けれども利発な子供で、自分がどうしてここに連れてこられたのか、母親がどうなってしまうのか、子供なりにきちんと理解しているようだった。

 伯父だと名乗る見知らぬ男を見上げて、幹也は言い放った。

『お母さんを、いじめないで』

 その母に、虐められているのは自分自身であるというのに。

 結局そのときは、麻衣子が泣いて反省したということもあり、幹也は母のもとに帰された。

 子供に当たり散らしそうになったときには、早川は公的機関に相談をすること。もう育てられないとなったときには、施設に預けることも検討するということ……。

 隣で聞いていた幹也は、母の手をぎゅっと握った。絶対に離れるもんか。視線が早川たちに物語っていた。

36話

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