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<45話
「ほら、雪彦さんの番ですよ」
幹也は楽しそうな表情で、雪彦を追い詰める。
お前、Mだったんじゃないのか。どうしてそんなふうに楽しそうに、ピアッサーを片手に迫ってくるんだ。
「大丈夫。そんなに痛くなかったですから!」
そう笑う幹也の言葉は、イマイチ信用に欠ける。
「どMの痛くないは信用できない」
常人には耐えがたい痛みであっても、幹也の身体は気持ちいいと認識してしまうのだから。失礼な、と頬を膨らませる幹也の右耳には、ファーストピアスがちょこんと鎮座している。先程同じようにピアッサーで穴を開けたのは、雪彦だった。
合成ダイヤモンドのピアスだけは、幹也は処分できなかった。
買ったときには夢でしかなかった本当の主とは、いつしか雪彦を指すようになっていた。自分のことを認めてくれた雪彦に、ピアスを開けてもらいたいと思うようになったのだという。雪彦は知らず、自分に嫉妬していたのである。
ピアスを開けてほしいなんて、自分の性癖に付き合ってくれているだけの雪彦には重いだろうと、言えずにいたわけだが、晴れて想いを確かめ合った今、念願の貫通式を行った。
そして雪彦も、ダイヤのピアスを分け合うべく、耳にホールを作ろうとしている。
一方的な隷属ではなく、互いに愛し合い、信頼し合う証のピアスだった。
しかし痛みに弱い普通の男である雪彦は、ビビっていた。左耳を幹也に消毒してもらい、ピアッサーで挟まれても、ドキドキしていた。
「いきますよ」
三、二、一の掛け声とともに、ピアッサーがバチン! と大きな音を立てた。痛いよりも耳元でした音の大きさにびっくりして、雪彦は思わず目を閉じた。
「ね? 痛くなかったでしょう?」
「ああ……」
あくまでも思ったよりは、であるが。
ピアスホールの完成までは、一ヶ月くらいかかる。毎日消毒しなければならないのは面倒だが、自分で幹也とおそろいのピアスをするのだと決めたのだ。
楽しみですね、と幹也はキラキラ輝くダイヤモンドを見ながら笑う。今は彼が用意した、安い合成ダイヤモンドだけれども、いつかは自分が、本物を。
「葛葉」
将来を夢想しつつ、雪彦は今できる最大限の愛情表現をしたくなって、幹也の名を呼んだ。口づけようとして、ストップがかかる。
「幹也、でしょう? もうすぐ俺は、葛葉じゃなくなるんですから」
手続きが済み次第、幹也は葛葉の家から籍を抜く。伯父と養子縁組をすることで、早川の姓に戻る予定だ。くずの葉総合病院は、内部告発によって様々な問題が判明し、鶴見主導による改革の真っ最中だ。まだしばらく時間はかかりそうだが、苗字が変わったときにも困らないように、下の名前で呼んでほしいと言われたのは、つい三日前のことだった。
「み、幹也」
ずっと葛葉と呼んでいたので、幹也と呼ぶのは照れくさかった。ぶっきらぼうな口調になったにも関わらず、幹也はとても嬉しそうに微笑む。彼の頬に触れて、雪彦は口づけた。
痛みのカケラもない、甘く柔らかなキスを。
【終】
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