愛は痛みを伴いますか?(9)

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8話

 夜まで別々の講義を履修していたため、待ち合わせは正門前。

 行きたくない。その気持ちが足取りを重くする。普段の倍以上の時間をかけて、待ち合わせ場所に雪彦はやって来た。幹也は対照的に、楽しみで仕方がなかったのだろう。きょろきょろしている。

 雪彦の姿を認めるとすぐに、全開の笑顔で駆け寄ってくる。邪気のない顔だが、雪彦には、その裏に隠された欲望を読み取れる。

 虐げられたい。荒々しく蹂躙されたい。明るい性格の幹也には似合わない、薄暗い願望だ。

「雪彦さん!」

 うわあ、逃げたい。

 くるりと方向転換して逃走したところで、幹也は追ってくる。

 本当に嫌だと思ったことは、きっちりと断ろう。

 雪彦は悲壮な覚悟を胸に秘めて、幹也の後をついていった。

 いち大学生の一人暮らしといえば、ワンルーム。せいぜいが1Kが関の山だ。

 SMプレイをするのに、壁が薄かったらどうしよう。帰りに隣の部屋の人間と鉢合わせたら、気まずいどころの騒ぎではない。雪彦は一軒家の実家暮らしだが、一人暮らしの騒音トラブルはよく聞く話だ。

 どうか、防音だけはしっかりした部屋に住んでいますように。

 そう祈る雪彦は、電車に乗り、実際に幹也の家の前に到着すると、口をあんぐりと開けて見上げることになった。

 想像とはまるで違った。背の高いマンション、入口はオートロック。管理人が常駐していて、幹也は愛想よく、初老の男と挨拶を交わす。それからエレベーターに乗る。押したボタンは最上階、十五階。

「あの……家族と住んでるのか?」

 家に呼ばれたのは、嫌らしい理由だと思っていたが、実家暮らしとなると話は違う。まさか、家族も公認などという、恐ろしい話はないだろうな。

 雪彦の疑問に、幹也は首を傾げた。

「ひとり暮らしですけど?」

 何をいまさら。

 幹也が鍵を開けたのは、角部屋だった。広いリビングに、機能的なキッチン。奥には他に部屋が二つ、いや三つある。どう見ても、ひとり暮らし用の家ではない。

「夕飯にしますか?」

「いや、いい」

 先ほどまで腹の虫が鳴いていたけれど、驚きのあまり、胸が詰まってどうでもよくなってしまった。首を横に振ると、「じゃあ終わったら、ピザでも頼みましょうね」と、幹也は微笑み、雪彦の手を取った。意外と柔らかい手だ。見れば、指にはささくれひとつない。

 そのまま引かれ、諦めてついていく。寝室か、あるいは専用の部屋でも用意されているのか。

 不穏な汗をかきながら、幹也が開けた扉の奥を覗き込んだ雪彦は、拍子抜けした。電気をつけると、広がっていたのは書斎だった。左右の壁は背の高い本棚が設置され、上から下までびっちりと分厚い本で埋まっていた。そろそろと近づいてタイトルをなぞると、最新の医学書ばかりだった。まだ翻訳されていない学術誌もある。

 専門書は高価で、雪彦には手が届かない。大学図書館で予約をしているものの、順番待ちになることも多い。

 目を輝かせる雪彦に、幹也は音もなく近づいて、耳元に囁いた。

「うちに来れば、読み放題ですよ」

 魅力的な誘いだった。ぐぬぬ、と奥歯を噛みしめる。この家に来るということは、彼の欲求に応えなければならないということと同義だ。最新の医学書と引き換えに、自分の身体を売るなんていけない。

 いやいや、そんなに大げさなものではない。幹也が欲しいのは、SМプレイのご主人様。肉体的には、自分が傷つくことはない。ちょっぴりプライドを売り渡せば、立派な書斎での読書タイムが手に入る。

 悩む雪彦に、悪魔はそっと囁く。

「さらに、俺のノートも見放題」

「うっ」

「わからないところがあれば、教えますよ」

 今後、医師国家試験対策で大学と予備校両方に通うことを考えると、特待生である彼と一緒に勉強できるのは、非常に助かる。奨学金を借りている雪彦は、これ以上、借金を重ねたくない。

 その瞬間、落ちていた。

「わかった。お前のご主人様、やってやる」

 脅されたからではない。自分の受けられるメリットを計算したうえでの決断だった。

10話

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