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発注ミスという大きな問題をひとまず解決してからは、通常通りの流れだった。相変わらず秋田はぶすくれていたが、知ったことではない。
そして勤務終わりに、事務所へと走る。他店舗のスタッフに頭を下げて譲ってもらったグッズを引っ提げ戻ってきた紫郎に、孝之は「勤務後に事務所で」と言ってきた。
当然、今回のミスについてのお説教だ。俺のせいじゃない、とイライラしていた紫郎だったが、孝之と彼が持ってきてくれた商品のおかげで少しは冷静さを取り戻し、心の中で反省をしていた。
秋田が自分に対して不満を持っていることを知っていて、警戒をしなかった自分にも落ち度はある。また、芸能人やアイドル、顧客の「推し」についての知識がなく、鵜呑みにしたのもよくなかった。
ライブハウスの予定から、登壇する地下アイドルのことを調べれば、防げたはずなのは、悔しいことに、秋田の指摘どおりだった。
「失礼します」
今日は他の社員も、パソコンで作業をしている。孝之は紫郎の姿を認めると、立ち上がった。
「横山くん、こっちへ」
「はい」
通されたのは応接室であった。腰を下ろすように言われて従う。向かい側に座った孝之は、長い脚を組んでいる。
その座り方が優雅で、紫郎はしばし、今置かれている自分の立場を忘れて見惚れた。
「さて、横山くん。今回のミスについてですが……」
「はい」
紫郎は道中考えていた、自分のミスについての反省点を簡潔に述べる。うんうん、と頷きながら聞いていた孝之は、今後の紫郎の処遇を思案しているのか、目を閉じて唇の下に人差し指の背を置いている。
「私のミスで、河合統括にも大変なご面倒をおかけしまして……というか、なぜうちの店の発注ミスに気がついたんですか?」
ふと気になって尋ねると、孝之は目を開けて、「ああ、それはね」と、顛末を教えてくれた。
「今日は商品管理部との共同会議があって、そちらに出向いててね。会議前の雑談で、たまたま地下アイドルの話になってさ」
どうやったらそんな話になるのか見当もつかない。商品管理部の誰かが、アイドルオタクなのかもしれない。
「新宿店はそういうイベント会場が多いから、チェックしていたんだ。そしたら、青の発注が来てるのはおかしいぞって話になってさ。君も言ったけど、キラなんとか? は赤と緑なんだよね。メンカラ? ってやつ」
これはミスでは、と思っていたら君からの電話が入って、それで僕の権限で商品管理部からもらってきたってワケ。
孝之はなんでもないことのように言ってのけたが、実際には相当無理を押し通したのだろう。今日のことを引き合いに出されて、今度は向こうから無理を言ってくるに違いない。
孝之の弱みとなってしまったことを恥じて、紫郎は改めて謝罪する。
「もういいよ。しっかり反省しているようだからね……あとは文章にまとめてくれれば」
デスクに戻るべく、立ち上がりながら、孝之は言った。
「はい」
許しの言葉をもらっても、心が軽くなるわけではない。しょんぼりと丸まっていた紫郎の背を、孝之は力強く叩いて強制的に伸ばした。洒落にならないほど痛くて、息が止まるかと思った。
そういえば、同期の山本とのチャットで、彼が大学時代、ラグビー部だったと聞いた。どうりでガタイがいいはずである。容赦のない肉体的な励ましも、体育会系特有の仕草であって、他意はないのだ。たぶん。
「わかっているさ。君ひとりが悪いんじゃない」
目線を合わせないまま、囁かれる。
「え?」
「アルバイトさんがね、君と秋田さんとのやり取りと聞いていたと、証言している」
確認した、していないの水掛け論になるところを、目撃者が出てきてくれたことはありがたい。パッと喜びに表情を明るくした紫郎は、すぐに自分への戒めとして、唇を真一文字に引き結ぶ。
「いえ。やっぱり俺も悪いんで」
紫郎の言葉に、「うーん」と孝之は首を傾げている。それから、「真面目なのはいいけれど、もうちょっと肩の力抜いて。ね?」と、今度は肩バンバンである。勘弁してほしい。
さりげなく叩かれた箇所を擦る紫郎だが、痛みは別として、孝之が励ましてくれるのは嬉しかった。男同士、上司と部下の関係ギリギリのボディタッチは絶妙で、紫郎はなんだか、不思議な気持ちになる。
「統括、お父さんみたいですね」
ポロリと零したのは、自分の父親とは真逆であったからかもしれない。
目を見開き、口をぽかんと開けた孝之の表情を見て、自らの失言を悟った紫郎は、真っ赤になって弁明しようとする。
「あ、いや、その、別に親父にはこんな風に慰めてもらったことはないんですけど、なんかこう、想像の中の? 父親? みたいな」
言葉を尽くすほど、墓穴を掘っている気がした。自身の無自覚なファザコン的要素を露呈している。
孝之は紫郎に向けて微笑むと、下から覗き込むようにして囁いた。周囲には聞こえない、紫郎にだけ届く小さな声だった。
「パパはお呼びじゃないんじゃないの?」
なんて、悪戯を思いついた子どもの顔で。
その後、日報および反省レポートを書き上げたが、なんと書いたか覚えていないままに送信ボタンを押していた。
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