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<21話
「早見、さん?」
「なんだかこの部屋、甘い匂いがしないか?」
何の、とまではわからないが、花のような甘い匂い。
そう言われた瞬間、日高は絶望した。
匂いの正体は、発情したオメガが放出するフェロモンだ。アルファを誘惑し、受精を強要する。
早見には、フェロモンを感知する器官が備わっていないのだと思っていた。どうやら早合点だったらしい。この世界の人々にも、等しく効くのか。それとも早見が特別なのかはわからないが、困った。
早見は日高の顔色が変わったのを悟る。
「どうした?」
再び触れようとしてくる手を、日高は慌てて払いのけた。
本当は、触れてほしくてたまらないのに。徐々に薬が効いているとはいえ、熱が引くのはまだ先だ。長くゴツゴツした指を見るだけで、それが自分の中を抉るところまで、リアルに想像してしまう。
股間にぶら下がった雄が、ぴくりと反応し、固くなる。後蕾が、じゅわりと熟れていくのを感じた。
勝手に妄想の餌食にしてしまったことが申し訳なく、日高は感情の迸りのままに、涙を零した。発情中は、いろいろと緩くなっていけない。慌てて目を擦るが、早見はごまかされてはくれない。
「どうして泣くんだ?」
咳き込んだときの生理的な涙とは違うことなんて、ばれてしまっている。日高はそのまま泣きながら、自分の身に現在起きていることを訴えた。
「発情期、来ちゃって……」
抑制剤のシートを見せた。あと一回分しか残っていない。
早見は薬を手に取って、検分した。薬品名をメモしている。おそらく調べても、無駄だろう。この世界の人間が、こんな薬を創る必要はない。
「次の発情期までは、大丈夫だけど……」
薬のない発情期を迎えたことなど、一度もなかった。自分の身体とはいえ、どうなることかまったくわからずに、日高は震えた。両腕で自身を抱えこみ、背を丸める。
帰還までのタイムリミットが、設定されてしまった。発情周期はだいたい、二ヶ月に一度。それまでに、帰れなかったら。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。
必死に考えるけれど、熱に浮かされた頭では、考えなどまるでまとまらない。
早見は日高に、今は休むことが最優先だと言った。身体に触れないように注意しながら、布団をかける。
「もし薬がなくなったとしても、無事に発情期を乗り越えられるように、できる限りのことはしよう。セックスの相手は、できないかもしれないが……」
一人になりたいと言った日高に、そう約束した早見が、部屋を出て行った。
ああ、やっぱりセックスはしてくれないのか。
身体の奥の熱は、こんなにもアルファを、孕ませてくれる誰かを……いいや、違う。早見を求めて暴れているのに。
日高は力なく笑った。
わかりきったことだ。早見は自分のことを、弟としか思っていない。大切にしてくれているけれど、オメガの日高が望むことは、兄にはしてもらえないことなのだ。
明後日には、発情期が一段落する。
そのとき、早見が自分をどんな目で見てくるのか。
軽蔑されるかもしれないと思うと、日高の心はどんどん沈み込んでいくのだった。
>23話
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