<<はじめから読む!
<27話
「メレンゲ、おいで」
ソファに座った日高の呼び声に応えて、巨大な綿あめが乗り上げてきた。
都会では滅多に見ることのないスタンダード・プードルの成犬の重さは、二十キロ近い。重みに「ぐっ」と呻くと、己のせいだとはつゆほども思っていないだろう真っ黒な目が、不思議そうにこちらを覗いてくる。
あの日、日高をコテージに置いて、早見はすぐに街まで車を走らせた。
ハラハラと落ち着かずに待機していた日高のもとに、ひとりと一匹が戻ってきたのは、日が落ちてからのことだった。
獣医の診察では、健康状態にはまるで問題がないとのこと。虐待の形跡もなく、せいぜい空腹くらいのもの。
薄汚れているのは、初めての開けた場所にテンションが上がって、リードの届く範囲内でぐるぐる歩き回ったり、地面に身体を擦りつけてみたりしたせいだった。
発見が早くてよかった。病院で餌をたっぷりともらった犬は、より一層元気になっていた。きれいに洗われた体毛は真っ白でふわふわだ。
日高は犬に、「メレンゲ」と名づけた。ちなみにオスである。
動物に食べ物の名前をつけることに、あまりいい顔をしなかった早見も、すでにメレンゲと呼ばれることに慣れた犬を見ると、もはや新たな名前をつける気にはならないらしい。
施設育ちの早見はもちろん、日高もペットを飼うのは初めてのことで、何事も手探り状態だ。
必要なものは早見が獣医やペットショップの店員に細部に至るまで尋ねて、用意した。日高は犬の飼い方についての本を買ってもらって、熟読を重ねている。
犬との生活は、二人の家での過ごし方にも大きな変化を与えた。
捨て犬のメレンゲが、前の家族を恋しがって鳴く暇もないくらい、可愛がった。必然、二人とも自室ではなく、リビングで過ごすことが増えた。
日高は自分の部屋からテレビやゲーム機を移した。早見も、集中したいときは別として、ダイニングテーブルにモバイルを持ち出して作業をすることが増えた。日高がメレンゲを抱えてゲームに興じる姿を眺めつつ、コーヒーを淹れて一服することが多い。
あまりにも休憩時間が長いので、日高は時折心配になるほどだった。尋ねる度に、「大丈夫だ。締め切り日まで計算している」と彼は言うが、目が泳いでいた。
そういうときは、仕事の邪魔にならないように、ゲームではなく読書をするようにした。しかし、執筆に励む早見の背中に見惚れ、あまり捗っていない。
早見が勧めてくれた運命にまつわる本は、ようやく半分である。
主人公は、運命の赤い糸が目に見える女性だ。彼女は自分の最愛の恋人と、誰よりも信頼している親友との間に、赤い糸を見てしまう。
大好きな二人のために身を引くべきかどうか。思い悩む主人公のことを、恋人も親友も心配している。果たして彼女はどんな選択をするのか。
日高は主人公の心の動き以上に、運命の恋人だと判断された二人の行く末が気にかかった。運命の番だとお互いにわかってしまったアルファとオメガに、どうしても重ね合わせてしまうのだった。
受け入れてしまったらどうしよう……そんな不安が、ページを捲る速度をゆっくりにしていた。
>29話
コメント