平行線上のアルファ~迷子のオメガは運命を掴む~(3)

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2話

 熱さと渇きを覚えて、日高は目をうっすら開いた。

 ここが地獄か。

 どちらかといえば善人の部類であると自負していたが、無自覚に働いた悪事が、思いのほか、重かったのかもしれない。

 そうぼんやり考えていると、ようやく目も頭も冴えてきた。

 柔らかなベッドは、地獄にはない。かといって、天国でもない。

「生きてる……」

 胸に手をやり、心臓がトクトクと全身に血を巡らせているのを確認して、呆然と呟いた。それから飛び起きて、もう一度、今度は大きな声ではっきりと、

「生きてる!」

 そう叫んだ。

 絶対に死んだと思っていたし、その覚悟もあった。けれど、生きていると実感した今、再び死の恐怖と立ち向かう勇気はない。

 今さらに震えが来て、日高は自分の身体を両腕で抱き締める。

ふと見れば、枝に引っかけてできた傷には、絆創膏が貼られていた。硬く握った手の中にあった薬は、枕元に置いてある。

 誰が助けてくれたのだろう。実は宮司は寝ていただけで、騒ぎを聞きつけた彼が、神社の中に匿ってくれたのかもしれない。

 だが、それにしては室内は洋風で、神社のイメージとは異なる。床はフローリングで、絨毯が敷いてある。

 日高はふらふらと立ち上がる。毛足の長い絨毯に足をもつれさせながら、ドアへと向かった。ドアノブに手をかけたところで、タイミングよく開く。

「ようやく目を覚ましたのか、浦園うらぞのくん」

 男だった。野暮ったい黒縁眼鏡の奥の目と、視線がかち合う。手には洗面器を持っている。ずっと看病してくれていたのだろう。

 しかし、日高の中に生まれたのは、感謝の気持ちではなかった。

 ざっと一気に身を引いた。ドア前には男が立っているため、そちらには逃げられない。日高はすぐに回れ右をして、窓に突進した。

「おい!」

 男の声を背に、開錠しようと焦る。手がうまく動かず、何度も指を引っかけ損なう。

「落ち着け」

 腰を抱かれた瞬間、微香が鼻を、ふわりと掠めた気がした。

 日高は確信する。背中に感じる胸板は厚く、逞しい。咄嗟にうなじを隠し、日高は男の腕の中でもがく。

「ここは二階だし、君はまだ体調が万全じゃない。せめて熱が下がるまでは、おとなしくしているんだ」

 しっかりと向き合った男の目は、眼鏡では隠せない鋭さをたたえている。こちらを心配するセリフだが、声は一定のトーンを保っており、感情が読めない。睨まれたと感じた日高は、ひっ、と喉を鳴らした。

「大丈夫か?」

 覗き込まれて、後ずさる。限界であった。日高はベッドに潜り込み、身体を丸めた。

 結局オメガの人生は、アルファに支配されるということなのか。逃亡先で拾われた相手も、アルファだなんて。

 看病の見返りに、何を求められるのか。答えはひとつ。

 たまに親切なアルファに心を開きかけると、奴らは日高の身体を要求してくる。アルファ以上に、オメガの数は少ない。特に男のオメガは。

 希少なオメガとセックスすること、番になること。それは彼らにとってステータス。自分に箔をつけるために、日高を手に入れようとする。

「どうせあんたも、俺の身体目当てなんだろう?」

 これまでの嫌な経験が一気に脳裏に蘇った日高は、爆発した。目の前の男に対して、アルファへの恨み辛みをすべてぶつける。

「いつだってアルファはそうだ。俺たちオメガのことを、自分の好きにセックスできる人形かなんかだと思ってやがる! 俺たちだって同じ人間なのに!」

 男が呆気にとられて何も言えないでいるのをいいことに、日高は喚く。

「そんな奴らと番になれって? 吐き気がする! お前らみたいな連中に飼われるくらいなら、死んだ方がマシなんだよ!」

 一気に捲し立てると、日高が舌を噛み切るのを案じた男が寄ってきた。

「触るな!」

 その手を強く払うと、日高はくらりとめまいを覚えた。男は呆れた口調で、「まだ熱が下がっていないんだ。あまり興奮するな」と言う。

 アルファのくせに。そう言って安心させておいて、自分を犯そうとするくせに。

 睨みつけた日高だったが、その後の男のセリフに、怒りはどこかへ吹き飛んでしまった。

「ところで」

 その、アルファとかオメガとかいうのは、いったい何の話だ?

4話

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